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三国志・空前絶後の最強武将・呂布は容姿でも最高レベルだったのか

三国志・空前絶後の最強武将・呂布は容姿でも最高レベルだったのか

三国志で最強の武将といわれ人気のある呂布ですが、実は容姿も素晴らしかったと伝わってます。呂布の強さをお伝えしながら、その容姿についても触れていきます。


思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~反董卓連合編!~

思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~反董卓連合編!~

帝を独断で変えてしまうという横暴に出た董卓に対して「このままじゃいかん」と思った曹操は地方の有力者に檄を飛ばし「反董卓連合」を結成します。言ってみれば三国志のオールスターの集まりですがまとまりのなさすぎる反董卓連合VS董卓の初戦、「汜水関の戦い」面白エピソードを紹介します。


思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~董卓編!~

思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~董卓編!~

三国志一の嫌われ者として必ずノミネートされるのは董卓でしょう。彼の横暴ぶりはとにかくひどく、反董卓連合を作られるのも無理がないと頷けます。そんな董卓の「え~!」と言ってしまうシーンを吉川英治の三国志から抜粋しました!


三国志の序章といえる黄巾の乱から董卓の台頭まで

三国志の序章といえる黄巾の乱から董卓の台頭まで

三国志の三国とは魏・呉・蜀の三国が県立した三国時代(222年―263年)のことを指しますが、多くの群雄が活躍した三国志の広義の時代となると、後漢末の黄巾の乱の勃発(184年~)からをいいます。その前半部分ともいえる黄巾の乱から董卓の台頭までをみていきましょう。


魔王・董卓の真実(10) 「人間ローソク」にされた董卓

魔王・董卓の真実(10) 「人間ローソク」にされた董卓

後漢の朝廷に君臨し、恐怖の独裁政治を展開した董卓。その暴政にも、ついに終わりの日がやってきます。董卓政権に幕を引いたのは、三国志ファンならおなじみの「あの人」でした。はたして董卓はどのようにして殺されたのか、独裁者を討った謀略を見ていきます。


魔王・董卓の真実(9) 命をねらわれるのも仕方なかった

魔王・董卓の真実(9) 命をねらわれるのも仕方なかった

「皇帝廃立→殺害」「長安遷都」「洛陽の破壊」……考えうるすべての暴虐を成しとげたかのような男、董卓。そんな彼の権力にも、ついに終わりが近づいてきます。董卓政権はまさに、身内から崩れていくのです。


魔王・董卓の真実(8) 暴力政治がとまらない

魔王・董卓の真実(8) 暴力政治がとまらない

董卓についての記録を読むと「これは本当にあった出来事だろうか?」と思わされることが多くあります。それくらいに彼の事跡というのは「悪事のデパート」なのです。読んでいるだけで背筋が凍る、董卓の悪行三昧を見ていきましょう。


魔王・董卓の真実(7) 董卓の経済政策を考える

魔王・董卓の真実(7) 董卓の経済政策を考える

今回は「経済」の側面から、董卓政権を考えてみたいのですが……首都だった洛陽(らくよう)を焼け野原にしてしまう時点で、後漢王朝の経済はメチャクチャになっているわけです。さらに董卓はそれ以外にも、経済を混乱させる愚策をとってしまうのです。


魔王・董卓の真実(5) なぜ「飼い犬」に手を噛まれたのか

魔王・董卓の真実(5) なぜ「飼い犬」に手を噛まれたのか

罪の無い少年皇帝をやめさせ、しまいには命まで奪ってしまった董卓。その残虐な行いはいまも人々の非難を受け続けています。しかし、彼がそうした処分を下した背景には「何進グループ」の打倒という、政治目標があったのです。


魔王・董卓の真実(4) 知識人には気をつかっていた?

魔王・董卓の真実(4) 知識人には気をつかっていた?

反乱討伐・異民族対策でキャリアを積み、ついに政権をにぎった董卓。武将としてすぐれた力量を示した彼ですが、勝手が分からぬ朝廷の政治では、かなりの苦心をしています。董卓は自分の政権を強化するため、名士(社会的名声のある知識人)の支持を取りつけようとしました。はたして彼の人事政策は上手くいったのか?じっくり見ていきましょう。


魔王・董卓の真実(3) 時代の先を読んでいた男

魔王・董卓の真実(3) 時代の先を読んでいた男

三国志の序盤で「魔王」として君臨する董卓。反乱討伐・異民族対策のエキスパートとしてキャリアを積むなかで、多くのライバルたちとしのぎをけずりつつ、武将としての力をつけていきました。さらには自分の軍事力を守るため、彼は皇帝の命令すら拒否してしまいます。徐々に野望をあらわにする董卓……その生き様から、目がはなせません!


魔王・董卓の真実(2) あざやかな知恵と武略

魔王・董卓の真実(2) あざやかな知恵と武略

三国志の序盤で「魔王」として君臨する董卓。若き日の彼は、異民族討伐のエキスパートとしてキャリアを積み、着実に出世の階段を上っていきます。その戦い方からは、決断力、知力、危機を乗り切る度胸など、名将の資質のすべてを備えているのが読み取れます。董卓はどのように戦い、天下へと駆け上がったのか……じっくり見ていきましょう。


魔王・董卓の真実(1) 「男の中の男」を目指した日々

魔王・董卓の真実(1) 「男の中の男」を目指した日々

三国志の序盤で「魔王」として君臨する董卓(とうたく)。彼は政権をにぎるや、幼い皇帝を殺し、首都に火をつけて燃やすなど、残虐非道な行いをくり返しました。とはいえ、乱世を実力でのし上がった男。天下を取るにはそれなりの理由がありました。董卓とはどんな人物だったのか?その知られざる素顔に迫ります。


昔は優しく気のいい大将だった!董卓が暴君へと変貌するまで

昔は優しく気のいい大将だった!董卓が暴君へと変貌するまで

洛陽に入るや皇帝を傀儡として実権を握り、暴虐の限りを尽くした董卓仲頴(とうたくちゅうえい)。その残虐非道ぶりは、正史三国志の著者である陳寿に「歴史上の人物でこれほどの悪人はいない」と評されたほどです。そのような人物がなぜ君主になれたの?という疑問の元、今回は若き日の董卓について調べてみました。


董卓~三国志随一の暴君~

董卓~三国志随一の暴君~

黄巾の乱後の政治的不安定な時期を狙い、小帝と何皇太后を殺害し、献帝を擁護し権力を掌握していく朝廷を支配していた絶対的存在。 政権を握った彼のあまりにもの暴虐非道さには人々は恐れ誰も逆らえなかった。 しかし、最後は信頼していた養子である呂布に裏切られるという壮絶な最後を遂げる。