三国志・錦馬超は呂布に匹敵する風格だったのか

三国志・錦馬超は呂布に匹敵する風格だったのか

蜀の五虎大将の一人である馬超。煌びやかなその容姿から「錦馬超」とも呼ばれています。武勇、容姿ともに三国志最強の武将である呂布と共通点がありそうです。今回は馬超の謎についても触れていきます。


三国志・空前絶後の最強武将・呂布は容姿でも最高レベルだったのか

三国志・空前絶後の最強武将・呂布は容姿でも最高レベルだったのか

三国志で最強の武将といわれ人気のある呂布ですが、実は容姿も素晴らしかったと伝わってます。呂布の強さをお伝えしながら、その容姿についても触れていきます。


思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~反董卓連合編!~

思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~反董卓連合編!~

帝を独断で変えてしまうという横暴に出た董卓に対して「このままじゃいかん」と思った曹操は地方の有力者に檄を飛ばし「反董卓連合」を結成します。言ってみれば三国志のオールスターの集まりですがまとまりのなさすぎる反董卓連合VS董卓の初戦、「汜水関の戦い」面白エピソードを紹介します。


三国志・領地を支配するシステムはどうなっていたのか!?

三国志・領地を支配するシステムはどうなっていたのか!?

三国志を読むとよく登場してくる刺史や太守などの官職をまとめ、三国志時代の統治システムについて触れています。これを知ると三国志の世界が広がります。


思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~董卓編!~

思わず「え~!」と言ってしまう三国志エピソード~董卓編!~

三国志一の嫌われ者として必ずノミネートされるのは董卓でしょう。彼の横暴ぶりはとにかくひどく、反董卓連合を作られるのも無理がないと頷けます。そんな董卓の「え~!」と言ってしまうシーンを吉川英治の三国志から抜粋しました!


三国志の序章といえる黄巾の乱から董卓の台頭まで

三国志の序章といえる黄巾の乱から董卓の台頭まで

三国志の三国とは魏・呉・蜀の三国が県立した三国時代(222年―263年)のことを指しますが、多くの群雄が活躍した三国志の広義の時代となると、後漢末の黄巾の乱の勃発(184年~)からをいいます。その前半部分ともいえる黄巾の乱から董卓の台頭までをみていきましょう。


「泣く子もだまる」最強の武将 張遼(2) 真の主人との出会い

「泣く子もだまる」最強の武将 張遼(2) 真の主人との出会い

後に魏の名将となる張遼は、若いころは安住の地を得ることができず、苦労もしました。なにしろ主人の董卓が、同僚の呂布に殺されてしまうのです。結局彼はそのまま呂布の配下となるのですが、そこからさらに運命は急展開していきます。


王允と呂布から見る処世術!

王允と呂布から見る処世術!

歴史からいろいろなものを学んで現代社会に役立たせなければいけないということは多々あります。戦国の時代と言えど現代にも通づる考え方は多岐にわたって存在します。王允と呂布を参考に処世術を学んでみましょう!


魔王・董卓の真実(10) 「人間ローソク」にされた董卓

魔王・董卓の真実(10) 「人間ローソク」にされた董卓

後漢の朝廷に君臨し、恐怖の独裁政治を展開した董卓。その暴政にも、ついに終わりの日がやってきます。董卓政権に幕を引いたのは、三国志ファンならおなじみの「あの人」でした。はたして董卓はどのようにして殺されたのか、独裁者を討った謀略を見ていきます。


魔王・董卓の真実(9) 命をねらわれるのも仕方なかった

魔王・董卓の真実(9) 命をねらわれるのも仕方なかった

「皇帝廃立→殺害」「長安遷都」「洛陽の破壊」……考えうるすべての暴虐を成しとげたかのような男、董卓。そんな彼の権力にも、ついに終わりが近づいてきます。董卓政権はまさに、身内から崩れていくのです。


【後編】呂布の裏切りロードを現代風にアレンジしてみた

【後編】呂布の裏切りロードを現代風にアレンジしてみた

前回に引き続き、裏切りに裏切りを重ねた呂布の行動を現代風にアレンジして説明します。結末を知っている方もそうでない方も楽しめるように工夫してみました。一風変わった三国志の世界観をどうぞご覧ください。


【前編】呂布の裏切りロードを現代風にアレンジしてみた

【前編】呂布の裏切りロードを現代風にアレンジしてみた

呂布は裏切りに裏切りを繰り返した結果、曹操に捕らえられ処刑されたことは皆さんもご存知のとおり。しかし、呂布の「裏切りロード」にはいろいろな人物が関わり、あっちに行ったりこっちに行ったりと分かりづらいです。そこで、面白おかしく現代風にアレンジして呂布の「裏切りロード」を2本立てで説明します。


魔王・董卓の真実(8) 暴力政治がとまらない

魔王・董卓の真実(8) 暴力政治がとまらない

董卓についての記録を読むと「これは本当にあった出来事だろうか?」と思わされることが多くあります。それくらいに彼の事跡というのは「悪事のデパート」なのです。読んでいるだけで背筋が凍る、董卓の悪行三昧を見ていきましょう。


魔王・董卓の真実(7) 董卓の経済政策を考える

魔王・董卓の真実(7) 董卓の経済政策を考える

今回は「経済」の側面から、董卓政権を考えてみたいのですが……首都だった洛陽(らくよう)を焼け野原にしてしまう時点で、後漢王朝の経済はメチャクチャになっているわけです。さらに董卓はそれ以外にも、経済を混乱させる愚策をとってしまうのです。


魔王・董卓の真実(6) 長安遷都にも理由があった

魔王・董卓の真実(6) 長安遷都にも理由があった

少帝廃立&暗殺の次は、強引な長安遷都で大ヒンシュクを買ってしまう董卓。しかしこの遷都にも、安全保障上の重大な理由があったのです。


魔王・董卓の真実(5) なぜ「飼い犬」に手を噛まれたのか

魔王・董卓の真実(5) なぜ「飼い犬」に手を噛まれたのか

罪の無い少年皇帝をやめさせ、しまいには命まで奪ってしまった董卓。その残虐な行いはいまも人々の非難を受け続けています。しかし、彼がそうした処分を下した背景には「何進グループ」の打倒という、政治目標があったのです。


李傕(りかく)と郭汜(かくし)の争いは三国志の縮図!

李傕(りかく)と郭汜(かくし)の争いは三国志の縮図!

三国志でものすごいメジャーという訳ではない李傕(りかく)と郭汜(かくし)。 董卓の元で働き力を付けた二人が頭である董卓を失った際にどうなったか、さらにそれが現代社会からどういう風に紐解けるか。二人の末路について紹介したいと思います!


魔王・董卓の真実(4) 知識人には気をつかっていた?

魔王・董卓の真実(4) 知識人には気をつかっていた?

反乱討伐・異民族対策でキャリアを積み、ついに政権をにぎった董卓。武将としてすぐれた力量を示した彼ですが、勝手が分からぬ朝廷の政治では、かなりの苦心をしています。董卓は自分の政権を強化するため、名士(社会的名声のある知識人)の支持を取りつけようとしました。はたして彼の人事政策は上手くいったのか?じっくり見ていきましょう。


魔王・董卓の真実(3) 時代の先を読んでいた男

魔王・董卓の真実(3) 時代の先を読んでいた男

三国志の序盤で「魔王」として君臨する董卓。反乱討伐・異民族対策のエキスパートとしてキャリアを積むなかで、多くのライバルたちとしのぎをけずりつつ、武将としての力をつけていきました。さらには自分の軍事力を守るため、彼は皇帝の命令すら拒否してしまいます。徐々に野望をあらわにする董卓……その生き様から、目がはなせません!


魔王・董卓の真実(2) あざやかな知恵と武略

魔王・董卓の真実(2) あざやかな知恵と武略

三国志の序盤で「魔王」として君臨する董卓。若き日の彼は、異民族討伐のエキスパートとしてキャリアを積み、着実に出世の階段を上っていきます。その戦い方からは、決断力、知力、危機を乗り切る度胸など、名将の資質のすべてを備えているのが読み取れます。董卓はどのように戦い、天下へと駆け上がったのか……じっくり見ていきましょう。