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君主を間違えてしまった天才的軍師【沮授】

君主を間違えてしまった天才的軍師【沮授】

三国志の智謀に優れた軍師的存在として郭嘉や諸葛亮、周瑜といった名将たちが揃いますが、袁紹の陣営にいた沮授もその例外ではありません。もしも袁紹が曹操や劉備(玄徳)のように聞き分けが良く、配下の進言を取り入れるような名君だったなら、実は天下を支配していたのではないかといわれています。その筆頭軍師だった沮授をみていきます。


魏の一番槍といえばこの男【楽進】

魏の一番槍といえばこの男【楽進】

三国志で国力・人材ともに最大規模といえば、曹操(孟徳)が築き上げた魏です。魏には有能な武将たちが勢ぞろいし、諸葛亮(孔明)や関羽、張飛、周瑜(公瑾)、呂蒙、陸遜ら傑出した人材を従えていた劉備(玄徳)や孫権たちでも恐れていたほどでした。その中でも魏の有名武将に引けをとらない活躍を見せた楽進を紹介していきます。


曹操(孟徳)の覇道を大いに助けた稀代の政治家「荀彧」

曹操(孟徳)の覇道を大いに助けた稀代の政治家「荀彧」

曹操(孟徳)陣営には多くの優秀な配下がいましたが、その中でも文官のトップになるのが、荀彧です。荀攸・郭嘉・鍾ヨウといった幕臣たちよりも筆頭で評価され、曹操(孟徳)からは前漢の天才軍師と称された張良に匹敵されるといわれました。そんな荀彧の人物歴をここでみていきます。


呉の切り込み隊長! 戦闘力が高い【甘寧】

呉の切り込み隊長! 戦闘力が高い【甘寧】

呉において、一番戦闘力が高い武将といえば、甘寧を挙げる三国志ファンも多いでしょう。ゲームなどでは実際に武力が高く、呉を攻めるとラスボスのように立ちふさがります。甘寧は魏の張遼や蜀の関羽並みに評価されており、史実でも呉の窮地を救った英雄となっています。そんな甘寧をここで紹介していきましょう。


まるで吉田松陰? 門下生が活躍した人物鑑定家の司馬徽

まるで吉田松陰? 門下生が活躍した人物鑑定家の司馬徽

三国志の時代には学問を教えたり、思想を語り合うなどして、門下生を取っている人材もいました。人物鑑定家として名を残している司馬徽もその一人です。司馬徽はホウ統の才能を見抜き、徐庶や韓嵩、向朗、尹黙ら諸国で貢献した政治家を門下生として扱っています。そんな司馬徽やその門下生の活躍を見ていきましょう。


正史で見る最強の武人・関羽雲長

正史で見る最強の武人・関羽雲長

小説の三国志演義の影響が大きく、劉備(玄徳)の立ち上げから参戦していた関羽は、現在に至るまで民衆から絶大な人気を誇っています。関羽の凄いところは敵味方に関係なく評価されているところで、主役的扱いを受けています。もちろん、正史でも演義のような活躍が見られていますので、ここで紹介していきます。


李牧・張良・陳平に負けない天性の知略を持って生まれた【郭嘉】

李牧・張良・陳平に負けない天性の知略を持って生まれた【郭嘉】

智謀を持って君主に献策し、幕僚にいるだけでその存在を恐れられるのが軍略家(軍師)たちです。戦国時代を描いた現在人気の漫画キングダムでは李牧、秦から前漢の時代に活躍した張良や陳平などに匹敵する知略の持ち主として、三国志には郭嘉が存在しています。曹操(孟徳)に最も評価された軍師の郭嘉を紹介していきます。


関羽・周瑜・張遼に匹敵!晋の天下統一に貢献した名将【羊祜】

関羽・周瑜・張遼に匹敵!晋の天下統一に貢献した名将【羊祜】

三国時代を終焉させた晋は司馬氏の台頭によって建国しましたが、最後まで抵抗した呉を滅ぼしたのは、羊祜の存在が大きく貢献していました。人材の豊富な晋で、智略・武略において傑出しており、その人望は敵味方関係なく高いものでした。そこで、三国志晩年の名将といわれた羊祜について紹介していきます。


三国志の時代における周辺民族はどんな種類があったのか

三国志の時代における周辺民族はどんな種類があったのか

三国志の時代には、群雄が乱立していた中原の地よりも地方の豪族たちのほうが頭を悩ませることが多々ありました。それは周辺国による侵略です。現在の中国大陸でも国境は10の国と面しており、部族間の侵略が当たり前だった当時は危険性が高いものでした。一体、どんな周辺国(異民族)がいたのでしょうか。


日本の戦国時代にタイムスリップしても本当に通用する武将は?

日本の戦国時代にタイムスリップしても本当に通用する武将は?

三国志の武将たちと日本の戦国武将が共に戦うアクションゲームが人気を博していますが、三国志ファンならば戦国時代も好きな人も多いのは確かでしょう。単純に武将としての能力でいえば、比較して想像するだけでも楽しいものです。どんな武将が戦国時代に生き抜けたのか興味が湧くので、ここで考えてみましょう。


時代は違うがどちらが強い?! 最強といわれた呂布と項羽

時代は違うがどちらが強い?! 最強といわれた呂布と項羽

後漢末期の三国志最強の武将といえば、呂布(奉先)が真っ先に挙がることでしょう。史実や演義でも無類の武力を誇り、曹操(孟徳)や劉備(玄徳)といった他陣営から恐れられていました。一方、史記に登場する項羽も呂布と並んで最強武将として君臨しています。この両者、どちらが最強なのでしょうか。


馬超と曹操が激突した【潼関の戦い】とは

馬超と曹操が激突した【潼関の戦い】とは

三国志で天下に一番近かったのが曹操(孟徳)です。その曹操が苦しめられた敵将といえば、中盤以降では孫権(仲謀)や劉備(玄徳)、そして馬超(孟起)です。馬超はその武力で曹操軍を圧倒していき、一時は曹操を追い詰めています。そんな馬超と曹操が激突した潼関の戦いとはどんなものだったのでしょうか。


一騎当千の凄み【張飛】の凄まじい実力

一騎当千の凄み【張飛】の凄まじい実力

蜀の劉備(玄徳)の配下といえば、関羽(雲長)と張飛(益徳)はだれでもイメージすることでしょう。特に張飛の武勇は大陸を駆け巡り、その実力は関羽も叶わないと認めていたほどです。しかし、三国志の英雄としては劉備や関羽、諸葛亮(孔明)、曹操(孟徳)に及ばない張飛ですが、その実力はいかほどだったのかみていきましょう。


呉を救った【周泰】の正史と演義での活躍

呉を救った【周泰】の正史と演義での活躍

三国志の主役といえる曹操(孟徳)・劉備(玄徳)にはそれぞれ典韋や許チョ、張飛といった屈強な護衛が付いています。では呉の孫権はどうでしょうか。イマイチぴんとこないかもしれませんが、周泰(幼平)がその役を担っていたと考えられます。孫権から厚く信頼されていた周泰とはどのような武将なのかみていきましょう。


孫策の江東平定はいかにして成り立ったか

孫策の江東平定はいかにして成り立ったか

三国志において、孫呉三代といえば、孫堅・孫策・孫権を指しますが、強大な魏に対抗できる国としての基礎を作り上げたのが孫策(伯符)といわれています。少数勢力から独立して天下に名を轟かせた孫策は、どのようにして江東を制圧していったのでしょうか。演義では小覇王といわれた孫策の江東平定をみていきましょう。


三国志の初心者が知っておきたい演義のポイント

三国志の初心者が知っておきたい演義のポイント

三国志演義には正史と違い物語が存在しています。そこには人間ドラマを取り入れて、劉備(玄徳)を主人公に盛り立てて、義と仁に重点を置いたストーリーが描かれています。そこで、三国志の初心者が入りやすい、演義での見るポイントについてご紹介していきます。


三国志で内閣を組織してみると、魏はどんな大臣が閣僚になっているか

三国志で内閣を組織してみると、魏はどんな大臣が閣僚になっているか

三国志で一番勢力を築いたのが魏です。曹操(孟徳)が自ら丞相として将軍たちを引っ張り、領土を拡大していきました。もしも現在の日本のように内閣制度があれば、どのような人物が大臣に就いて国土を豊かにしていったのでしょうか。現行の国務大臣や架空の省庁を作って、魏がどれだけ富国強兵に長けているか見ていきましょう。


蜀を守るために最後まで見届けたショウ周と羅憲

蜀を守るために最後まで見届けたショウ周と羅憲

三国時代で劉備(玄徳)が建国した蜀は、その死後も諸葛亮(孔明)や多くの有能な家臣が盛り立てていきました。しかし、魏の強大な力に対抗する人材も乏しくなり、遂には降伏の道を選んでしまいます。その後、蜀の人材や土地を守るために降伏後も貢献し続けた功臣であるショウ周(允南)と羅憲(令則)をここで紹介していきます。


諸葛亮が命をかけた北伐の戦歴

諸葛亮が命をかけた北伐の戦歴

漢王朝の復興をかけて、蜀を建国した劉備(玄徳)ですが、志半ばで倒れてしまい、後の全権を諸葛亮(孔明)に託すこととなります。諸葛亮(孔明)は全身全霊をかけて、強大な魏に立ち向かい、幾度となく北伐を繰り返します。最終的には魏を倒すことができなかった北伐ですが、その戦歴はどのようなものだったのでしょうか。


意外と知らない?! 暴君といわれる袁術の影響力

意外と知らない?! 暴君といわれる袁術の影響力

三国志の中でも悪役といわれるのが袁術(公路)です。三国志の初期から登場し、名門袁家の出身で多くの兵を持ちながら天下を手にすることができませんでした。それでも曹操(孟徳)や劉備(玄徳)、孫堅(文台)、董卓(仲穎)といった権力者たちに与えた影響力は大きいものでした。そんな袁術はどのような人物かみていきましょう。