諸葛亮に関する記事


三国志・諸葛亮(孔明)の評言を見抜き、豪語した任務を有言実行した甥の諸葛格とは

三国志・諸葛亮(孔明)の評言を見抜き、豪語した任務を有言実行した甥の諸葛格とは

孫権から将来を期待された「諸葛格」。慢心過ぎる人物として人気がありませんが、確かな実績はあげています。今回はそんな諸葛格についてお伝えしていきます。


三国志・動物に例えられる英雄たちの中で、呉の大物・諸葛瑾は何に例えられたのか

三国志・動物に例えられる英雄たちの中で、呉の大物・諸葛瑾は何に例えられたのか

虎や龍、鳳凰や狼などに例えられる三国志の英雄たちの中で、呉の大将軍である「諸葛瑾」もまた、特殊な動物に例えられました。はたして諸葛瑾は何の動物に例えられたのでしょうか?


三国志の登場人物を超端的に紹介するとこうなった

三国志の登場人物を超端的に紹介するとこうなった

三国志の主な登場人物をどこよりも端的に紹介してみました。個人的見解もありますが、大それたことにはなっていないと思う為「これから三国志を学んでみたい」「三国志のゲームをする上でこの武将はどんな人物か知りたい」と思う人は是非読んでみてください。ここからさらに深く知るきっかけになれば幸いです。


魏呉激突 大乱戦を画策したのは諸葛亮(孔明)

魏呉激突 大乱戦を画策したのは諸葛亮(孔明)

215年、曹操(孟徳)は張魯(公祺)が治める漢中の平定に成功しました。劉備(玄徳)の統治が始まったばかりの蜀にとっては大いなる脅威となりました。曹操軍の実力も去ることながら、劉備(玄徳)が統治して日の浅い蜀は人的結束力にまだまだ不安があったからです。漢中平定に成功し日の出の勢いの曹操軍。蜀に攻め込んで来るのは明白。ついに、諸葛亮(孔明)が「切り札」を投入します。


三国志・三絶のひとつ「奸絶」の曹操のイメージはいかに確立されたのか

三国志・三絶のひとつ「奸絶」の曹操のイメージはいかに確立されたのか

三国志演義では、劉備(玄徳)の最大の敵として君臨する「曹操」。まさに悪の象徴として描かれています。はたして曹操の悪のイメージはどのようにして確立されたのでしょうか?


孫権(仲謀)が赤壁大戦開戦前に激昂した真意

孫権(仲謀)が赤壁大戦開戦前に激昂した真意

赤壁大戦開戦前、孫呉は抗戦するか降伏するかでもめにもめていました。そんなとき、諸葛亮(孔明)による舌先三寸によって周瑜(公瑾)と孫権(仲謀)は激昂し、開戦に踏み切ります。本記事では若き呉の棟梁孫権(仲謀)が激昂した真意について解説しましょう。


個人的に三国志の武将に年俸を付けたらこうなった

個人的に三国志の武将に年俸を付けたらこうなった

多くの人が三国志で一番強い武将に呂布(奉先)を挙げます。しかし彼はよく君主を裏切る人物だったので自分が君主だった場合彼に多くの年俸を払いたいと思いたくはないでしょう。ここでは独断と偏見で「自分が君主だったら誰にどれだけの年俸を払いたいか」という事を紹介したいと思います。プロ野球などの年俸を意識してもらえたら幸いです。


三国志・掟破りの風使い諸葛亮(孔明)は赤壁に東南の風を吹かせたのか?

三国志・掟破りの風使い諸葛亮(孔明)は赤壁に東南の風を吹かせたのか?

三国志で最も有名な戦いが「赤壁の戦い」です。劉備(玄徳)、曹操、孫権が入り乱れた駆け引きを繰り返します。手に汗を握るシーンですが、勝利に導く東南の風を諸葛亮(孔明)はどうやって吹かせたのでしょうか?


三国志で過大評価されている武将・君主5選を紹介!

三国志で過大評価されている武将・君主5選を紹介!

三国志と言えば、英雄や名君がたくさん登場します。武勇伝も多く、カッコイイ武将・君主が多いです。しかし、実は過大評価されている武将・君主もいるのが事実です。そこで今回は、「過大評価されているのでは!?」と思える武将・君主にスポーツを当てて紹介していきたいと思います。


蜀への隘路 劉備軍大本命の将軍たちが涪城へ引きずり出される

蜀への隘路 劉備軍大本命の将軍たちが涪城へ引きずり出される

龐統(士元)を失い、涪城に立てこもった劉備(玄徳)。実質的には「閉じ込められた」状態に陥ります。荊州に援軍を求め、その間はひたすら待つ…苦しい日々が3ヶ月以上も続きます。一方、劉備(玄徳)の苦戦と龐統(士元)の死を知った荊州では直ちに援軍が編成され、陸路(張飛など)、水路(諸葛亮、趙雲など)に分かれて涪城に向かいます。


魏延文長--名将か裏切り者か

魏延文長--名将か裏切り者か

演義で呂布と並ぶ裏切り者の代名詞である魏延。演義での主役とも言うべき諸葛亮に逆らったため、裏切り者という印象が強い彼ですが、対南蛮や北伐では蜀漢の中心の将軍として働いた名将でもあります。本当の魏延はどのような人物なのでしょうか?


一時代を築いた天性の策士【司馬懿】③ 諸葛亮との決戦

一時代を築いた天性の策士【司馬懿】③ 諸葛亮との決戦

司馬懿は大将軍となり、対蜀の総司令官として赴きます。蜀では諸葛亮が第四次北伐を企画しており、両者は初の直接対決を迎えました。魏と蜀の命運を分け合う形になった両者の戦いは知力の勝負となっていきます。


これを知っていたら三国志通!有名なあだ名、~君主・軍師篇~

これを知っていたら三国志通!有名なあだ名、~君主・軍師篇~

三国志に登場する人物には名前や字の他にあだ名がつけられる者もいました。ここでは君主と軍師についてのあだ名について紹介します。「伏龍」や「鳳雛」というあだ名を聞いてそれが誰を指すのかが理解できたら三国志通と言っても過言ではありません。さらになぜそういうあだ名になったのかという事も紹介したいと思います。


ラスボス司馬懿仲達(前編)

ラスボス司馬懿仲達(前編)

三国志を題材にしたゲームや小説・漫画で多いのは劉備(玄徳)あるいは諸葛亮を主人公とした作品です。やはり蜀漢を正当な王朝として考えるのが架空の話の中では流行りなのでしょう。その場合、ラスボスに当たるのは誰でしょうか?董卓や曹操が悪役でそれになることもありますが、圧倒的に多いのは司馬懿です。何故、彼はそのようなポジションになるのでしょうか?


ピンチはチャンス!?三国志から学ぶピンチ脱出法!

ピンチはチャンス!?三国志から学ぶピンチ脱出法!

三国志は様々なエピソードがあり、教訓になるものが多々あります。なかでも、ピンチでの対応は三国志から学ぶことができるのです。そこで今回は、三国志からピンチを切り抜ける方法や考え方について紹介していきたいと思います。


三国志から人生の教訓を得よう!考え方が変わるエピソード・名言!

三国志から人生の教訓を得よう!考え方が変わるエピソード・名言!

三国志には数々のエピソード・名言が存在しています。そのエピソードの中には、人生の教訓を得ることができるようなエピソード・名言があるのです。そこで今回は、人生の教訓を得て考え方が変わるエピソード・名言を紹介していきます。


三国志・なかなか優秀な姜維の一騎打ちの全貌

三国志・なかなか優秀な姜維の一騎打ちの全貌

諸葛亮(孔明)亡き後の蜀の主役は、諸葛亮(孔明)の後継者という扱いの「姜維」になります。姜維の武勇について振り返ってみましょう。


諸葛亮(孔明)亡きあと後事を託された蒋琬(公琰)と費韋(文偉)

諸葛亮(孔明)亡きあと後事を託された蒋琬(公琰)と費韋(文偉)

あなたは蒋琬(公琰)と費韋(文偉)をご存知でしょうか?この2名はあまり有名ではないものの、諸葛亮(孔明)が亡くなるほんの数日前に「あなたの後は誰に任せたらよいか?」という質問に諸葛亮(孔明)が挙げた2名です。 本記事では諸葛亮(孔明)という天才に後を託された2名について説明します。


ダメ上司にならないために三国志から学ぼう!

ダメ上司にならないために三国志から学ぼう!

三国志に登場する人物はカッコイイですが、実は失敗も多いです。ダメ上司が多くおり、反面教師にすることができます。そこで今回は、魏・呉・蜀のダメ上司を紹介していきたいと思います。ぜひ、反面教師にしてみてください。


張松(永年) 劉備(玄徳)を蜀へ招こうとした人物

張松(永年) 劉備(玄徳)を蜀へ招こうとした人物

赤壁の戦い後、天下三分の計実現のために益州(蜀)攻略を模索していた劉備(玄徳)、諸葛亮(孔明)でしたが、逆に蜀からも漢中の張魯(公祺)に狙われていることを察知した人物たちが、外部から強い指導者を招き入れ、蜀防衛を図ろうと画策していました。その筆頭となって行動したのが張松(永年)でした。