諸葛亮に関する記事


三国志・南蛮で最強は誰なのか!?トップ5を決定

三国志・南蛮で最強は誰なのか!?トップ5を決定

三国志の英雄・諸葛亮が颯爽と活躍するのが蜀の南征です。孟獲を筆頭として個性豊かな南蛮の武将が現れ、蜀軍を苦しめますが、諸葛亮の智謀によって敗北していきます。今回はそんな南蛮武将の中で最強は誰なのか選んでいきましょう。


パズドラなど、三国志とは無関係のスマホゲームに登場した名将たち

パズドラなど、三国志とは無関係のスマホゲームに登場した名将たち

呂布をはじめとした武将たちは、三国志とは無関係のゲームに登場することがあります。パズドラなど知名度の高いアプリでは、どんなイベントが行われたのでしょうか?作品ごとの役割も知ることで、手に入れたくなるかもしれません。


ちょっとかじった人向け。三国志通あるある6選

ちょっとかじった人向け。三国志通あるある6選

三国志をかじりたての頃は劉備(玄徳)は仲間思い、諸葛(孔明)が賢い人、曹操(猛徳)は悪い人といった漠然なものの見方をする方が多いと思います。しかし三国志は単純なものではなく、ちょっとかじったら人によって捉え方が変わってきます。ここでは三国志初心者を脱却した方が共感できるあるあるをご紹介します。


三国志・城塞都市の防備と攻撃、兵器は陳倉の戦いでどのように使われたのか

三国志・城塞都市の防備と攻撃、兵器は陳倉の戦いでどのように使われたのか

城塞都市の攻防戦は兵器も登場する激しい戦闘でした。今回は兵器の紹介と共に諸葛亮の初の攻城戦となる「陳倉の戦い」をご紹介いたします。


劉備(玄徳)と曹操の死後。三国志終焉の経緯とは

劉備(玄徳)と曹操の死後。三国志終焉の経緯とは

220年代、中国に大きな打撃を与えました。蜀の劉備(玄徳)と魏の曹操が世を去った後、三国時代は晩期に入ります。三国志の目玉といえる戦いは数多くありますが、最後を飾る「五丈原の戦い」も欠かせません。また、新たなる国・晋はどのように誕生したのでしょうか。今回は、三国志終焉の経緯についてご紹介します。


諸葛亮が命をかけた北伐の戦歴

諸葛亮が命をかけた北伐の戦歴

漢王朝の復興をかけて、蜀を建国した劉備(玄徳)ですが、志半ばで倒れてしまい、後の全権を諸葛亮(孔明)に託すこととなります。諸葛亮(孔明)は全身全霊をかけて、強大な魏に立ち向かい、幾度となく北伐を繰り返します。最終的には魏を倒すことができなかった北伐ですが、その戦歴はどのようなものだったのでしょうか。


三国志・赤壁の戦いは劉備(玄徳)と諸葛亮が誘導したのか

三国志・赤壁の戦いは劉備(玄徳)と諸葛亮が誘導したのか

曹操と孫権が大激突した「赤壁の戦い」。しかしその戦いに至るまでには計算された戦略があったかもしれないのです。はたして赤壁の戦いは誰が仕組んだものなのか推測していきます。


三国志昔ばなし 民間伝承の英雄伝(2)

三国志昔ばなし 民間伝承の英雄伝(2)

由緒正しい場所や建物にはなにかしらの有名な故人にまつわる由来や伝説がつきものです。中国のとある場所では、ある三国志の英雄にちなんだ地名や名所があります。三国志の舞台めぐりをする前にぜひこの記事で予習してみましょう。


三国志・劉禅は魏に降伏してからどうなったのか

三国志・劉禅は魏に降伏してからどうなったのか

三国志の時代には魏・呉・蜀が競い合っていましたが、蜀が最初に滅んでいます。皇帝だった劉禅はその後いったいどうなったのでしょうか。今回は劉禅についてご紹介いたします。


張飛をもあしらったプライドの高い政治家【劉巴】

張飛をもあしらったプライドの高い政治家【劉巴】

蜀を建国した劉備(玄徳)は仁徳の士として有名ですが、だれからも好かれていたわけではなく、配下になって初めて心を開きかけた人物もいます。それは政治家でもある劉巴(子初)です。張飛(益徳)をあしらい、諸葛亮(公明)ですら一目を置いた政治力はどのようなものだったのでしょうか。


饅頭の由来となった「南中」とは?「七縦七擒」の語源も!

饅頭の由来となった「南中」とは?「七縦七擒」の語源も!

三国志演義では、「南中」と呼ばれる地域が登場します。蜀の南方での争乱を防ぐため、諸葛亮が向かった場所です。また、「七縦七擒」の語源や饅頭の由来となった場所でもあります。孟獲ら南蛮の中心人物や戦い・文化もご紹介します。


三国志・蜀の北伐、魏延が子午谷道を進んでいたら長安は奪えていたのか

三国志・蜀の北伐、魏延が子午谷道を進んでいたら長安は奪えていたのか

五虎大将軍が減っていく中で、その武勇を期待された蜀の猛将・魏延。彼はあの天才軍師・諸葛亮にある作戦を提案しています。今回はその北伐にスポットを当てて魏延をご紹介します。


三国志・馬謖と王平は火と油だったために街亭で敗戦した

三国志・馬謖と王平は火と油だったために街亭で敗戦した

三国志でも後半の山場である蜀の北伐。率いるのは天才軍師・諸葛亮孔明です。用意周到に北伐の準備を進め、戦略的にも優れていましたが、諸葛亮は撤退することになります。今回はその原因となった「街亭の戦い」をご紹介いたします。


【後編】一家離散!!各地に散らばった諸葛家

【後編】一家離散!!各地に散らばった諸葛家

前回までは、諸葛3兄弟が散り散りになり、諸葛瑾が呉へ諸葛亮と諸葛均は荊州へ流れたところまでを書きました。さて、後半はいかに…!?


【前編】一族離散!!各地に散らばった諸葛家

【前編】一族離散!!各地に散らばった諸葛家

漢の劉氏や魏の曹氏、夏候氏、蜀に仕えた馬氏の五常など、通常はどこの国でも親兄弟、親戚は同じ君主に仕えています。ところが、諸葛亮孔明の兄弟、親戚はみな優れた功臣ですが、兄は呉に、はとこは魏に仕えています。血の結束は固いと言いますが、兄弟、親戚同士で争うことになってしまった諸葛家の悲劇の一部始終をお伝えします。


有能なのに評価されない武将「魏延」

有能なのに評価されない武将「魏延」

三国志には有能なのに、なかなか世間的に評価されない武将が存在しています。時代背景もあって、裏切りや主君の出来によってはあまり活躍しても、関羽や張遼のような評価はされにくいことが結構あります。ここでは有能なのに評価されない代表的な武将「魏延」をご紹介していきます。


演義では脇役に甘んじるも正史で大活躍した武将とは

演義では脇役に甘んじるも正史で大活躍した武将とは

日本における一般的な三国志のイメージといえば、小説の三国志演義がメインとなっており、大柄な武将たちの豪快な一騎討ちや智将たちの頭脳戦が描かれています。しかしながら、それら主役級の登場人物の補佐を務める武将たちも実は正史では結構な活躍をしています。


三国志お笑いネタ(1)

三国志お笑いネタ(1)

魏・呉・蜀がそれぞれ滅亡してから約1000年後。「三国志」の娯楽化が進むことで、まさかの三国志を題材にした漫談や喜劇が生まれました。本記事では、三国志をテーマにしたお笑いネタをご紹介します。


三国志の最後の主役?姜維が求めていたもの

三国志の最後の主役?姜維が求めていたもの

三国志のお話は蜀が魏に滅ぼされたところで終わります。その際、最後に戦っていたのが姜維です。諸葛亮の跡を継いで北伐を敢行したものの、思うような結果が得られず、更には国力の衰退を招いた…とも言われている彼ですが、一体何を求めていたのでしょうか?


諸葛亮って実際どれくらいすごいの? 演義と正史に見る諸葛亮像

諸葛亮って実際どれくらいすごいの? 演義と正史に見る諸葛亮像

三国志においてもっとも有名な人物と言えば、やはり諸葛亮でしょう。主に三国志演義における第二の主人公として、ネット上でネタにされることも多い天才軍師ですが、正史と演義ではそのイメージが随分違っていることをご存知でしたか?今回は、そんな諸葛亮についてご紹介します!