三国志 人物・武将

三国志 人物・武将

三国志に登場する「人物・武将」についての記事


三国志 人物・武将の記事一覧

天下を取れなかった男、董卓(仲穎)と袁紹(本初)の話

魏・呉・蜀の三国が確立される前、天下統一に手をかけていた男が二人いました。董卓(仲穎)と袁紹(本初)です。「二人はどんな人物だったのか」、「なぜ天下を取れなかったのか」という点をまとめました。


三国志・どこまでが架空なのか? 7人の「幻のような女性たち」

三国志には個性豊かなキャラが多数登場します。今回はその中から「幻のような女性たち」を7人ご紹介いたします。陸遜 妻、呂布 娘、関羽 娘 などご存じでしたか?


戦国時代においては家柄も立派な武器!?血統の良い武将ランキング

劉備(玄徳)が自分の正当性を主張する時に漢王室の血を引いているということを挙げていたのは演義でも正史でも出てきます。ですが、漢帝国には百人以上子供がいる皇帝もいます。では、血統にはなんの意味もないのでしょうか?そんなことありません。実際に血統が素晴らしい(本当なのかどうかはともかく)武将を見てみましょう。


小覇王孫策の生涯 短命に終わってしまった理由は何か

三国志において呉の国は「三代に渡って…」という表現がよく用いられます。初代は孫堅(文台)、二代目は孫策(伯符)、そして後に「呉の大黒柱」と言われ、呉皇帝を名乗る孫権(仲謀)は「三代目」となります。三人の中でも特に浮沈の激しかった二代目、孫策(伯符)の生涯を見て行きます。


固定観念を取っ払って三国で好きな国を作ろう

三国志は劉備(玄徳)率いる蜀が正義で曹操(孟徳)率いる魏が悪者と多くの方に捉えられています。しかしそれは「三国志」という正史ではなく、三国志演義の歴史小説のイメージが強いからです。今回は一国から二名の代表人物を出しそのエピソードを紹介しますので好きな国を作ってみてください。


三国志・曹操の評価はなぜ好きと嫌いに大きく分かれるのか?

三国志では悪役のイメージの強い曹操ですが、評価は大きく分かれます。曹操はヒーローなのでしょうか?それともヒール役なのか?


初心者でも早分かり! 三国志人物伝【蜀の傑物たち】(蜀①)

三国志で一番人気があるのが蜀です。仁徳者の劉備(玄徳)を始め、関羽や張飛に趙雲、諸葛亮といった演義でも人気のある武将たちが勢ぞろいしています。そんな蜀に貢献した人物伝を簡単にここで紹介していきます。まずは蜀を支えた傑物たちをみていきましょう。


劉備(玄徳)は巻き込まれたのか? 劉表(景升)一族のお家騒動

曹操(孟徳)に追われ、一時は関羽(雲長)、張飛(翼徳)とも離散してしまった劉備(玄徳)でしたが、苦難の末に「義兄弟」は再集結。劉備(玄徳)は同族のよしみを頼って荊州太守であった劉表(景升)のもとに身を寄せます。


初心者でも早分かり! 三国志人物伝【孫呉の英雄】(呉①)

三国の中でも地味な印象をなっている呉ですが、実は有能な人材が多く、その力は魏にも匹敵していました。孫堅・孫策・孫権ら魅力的な主君のもと、黄蓋・程普・周瑜ら優秀な武将たちが勢ぞろいしています。ここでは三国志人物伝として孫呉の英雄たちを軽く紹介していきます。


中国四大奇書「三国志演義」と「水滸伝」の登場人物の繋がり

中国四大奇書として名高い「三国志演義(正式名は三国演義)」と水滸伝。水滸伝は三国志演義よりも1000年近く後の中国が舞台ですが、そこには明らかに三国志演義の登場人物を意識した人物が登場します。


戦って勝ったら仲間になってくれそうな武将・軍師

中国の三国時代や日本の戦国時代の武将は戦で負けたら自害をするというようなイメージがつきものです。しかし、彼らも投降したり、敵国の君主の僕となったりもしていました。今回は「もしも勝ったら部下になってくれそうな武将たち」をピックアップしてみました。


君主を間違えてしまった天才的軍師【沮授】(三国志 そじゅ)

三国志の智謀に優れた軍師的存在として郭嘉や諸葛亮、周瑜といった名将たちが揃いますが、袁紹の陣営にいた沮授もその例外ではない。もしも袁紹が曹操や劉備(玄徳)のように聞き分け良く、配下の進言を取り入れるような名君だったなら、実は天下を支配していたのかも?その筆頭軍師だった沮授(三国志 そじゅ)をみていきます。


三国志・毒舌家として有名な禰衡(でいこう)が高評価した二人とは?

三国志の登場人物の中でもっとも「口の悪い」ことで有名な「禰衡(でいこう)」と、その禰衡に高評価されていた二人についてお伝えします。


三国志・曹操の恋愛事情は?三国志でもっとも良妻である卞夫人

曹操の妻として曹丕や曹植を産んだ「卞夫人」。彼女と、彼女以外で曹操の正室となった女性を紹介していきます。


曹操(孟徳)の敗北 三国志の覇者曹操も結構負けてる

中国が魏、呉、蜀の三国に分かれた時代。統一には至らなかったものの、国土の3分の2を支配した曹操(孟徳)は実質的には三国志の覇者と言ってもいいでしょう。そんな曹操(孟徳)も連戦連勝ではなく、戦に敗れ命からがら助かる…という経験を何度もしています。


世界史のテストに三国志が出てきたら?重要人物ベスト8

もし、世界史のテストに三国志の時代が出てきたとしたら問題になる可能性が高い人物は誰?三国志演義で人気のキャラクターが歴史的に見て重要人物とは限りません。覚えておいたほうが良いのは一体誰なのでしょう。


三国志・誰に仕えるのが一番得策なのか?

「董卓」「劉備(玄徳)」「曹操」「孫権」のうち誰に仕えるのが得策なのか考えていきましょう。その後の人生を決める大事な決断です。


三国志の主君たちが死んだ理由を考察してみる。

三国志には魏、呉、蜀をはじめとして多くの国がありますが、それぞれのリーダーとなった人物たちはどのような最期を迎えたのでしょうか?今回は三国志の時代にそれぞれの国を支えたリーダーたちの最期について紹介したいと思います。


裏切り者!?知将?韓遂の本当の姿とは

韓遂ははっきり言って人気のあるキャラクターではありません。おそらく人気度トップクラスの馬超を裏切ったという印象が強いからでしょう。また、離間の計を考えた賈詡は「武の馬超、知の韓遂」と言いました。韓遂は本当に知将で裏切り者だったのでしょうか?


三国志演義の君主たちと関わりのある劉表一家。長坂の戦いに至るまで

荊州の長官・劉表とその家族は、三国の君主たちとは関わりがあるといっても過言ではありません。長坂の戦いに至るまでの出来事をご紹介します。


アクセスランキング


>>総合人気ランキング