曹操を曹操たらしめた呂伯奢一家惨殺事件を考える

曹操を曹操たらしめた呂伯奢一家惨殺事件を考える

魏の丞相として君臨した曹操(孟徳)は、後に魏王まで登りつめ、三国時代のダークヒーローとして人気が高いキャラです。しかし、白面の青年将校時代の曹操(孟徳)は、実は潔癖な正義感でもありました。そんな曹操(孟徳)が後に苛烈・残虐な君主となる片鱗を見せたのが「呂伯奢一家惨殺事件」だったのです。


暴虐を極める董卓(仲穎)の暗殺に失敗して遁走

暴虐を極める董卓(仲穎)の暗殺に失敗して遁走

暴虐を極める董卓(仲穎)の暗殺に失敗して遁走

後の魏王(死後に武帝)となる曹操(孟徳)は、苛烈で残虐な君主として、三国志演義ではダークヒーローというポジションの人物です。生来の性格という説もありますが、曹操(孟徳)が若かりし白面の青年将校時代は、清廉で潔癖な一派に属していた時代もありました。宦官の十常侍が実権を握っていた時代、その後の董卓(仲穎)の専横時代、青年・曹操(孟徳)は洛陽北部尉、騎都尉(いずれも今でいう警察署長のような役職)として、法を犯す者を厳しく取り締まるなど、正義に燃える時代もあったのです。
そんな曹操(孟徳)を、時の権力者・董卓(仲穎)は仲間に引き入れようと画策しますが、その暴虐さを見て、曹操(孟徳)は配下に加わることを拒否します。そして、王允(子師)から譲り受けた七星剣をもって董卓(仲穎)の暗殺を企てますが、鏡に写った曹操(孟徳)の姿を見咎められ、とっさに七星剣を献上するという嘘をついて、その場を逃れました。
そして、その足で曹操(孟徳)は取るものもとりあえず難を逃れるため、首都洛陽から遁走したのです。

四方に飛ぶ曹操(孟徳)の手配書。そして県令・陳宮(公台)との出会い

四方に飛ぶ曹操(孟徳)の手配書。そして県令・陳宮(公台)との出会い

四方に飛ぶ曹操(孟徳)の手配書。そして県令・陳宮(公台)との出会い

董卓(仲穎)暗殺に失敗した曹操(孟徳)は、駿馬に跨り、首都洛陽から東南方向へと遁走します。故郷である豫州沛国譙県へと向かったのです。
しかし、董卓(仲穎)は、配下の軍師・李儒(文優)に命じ、曹操(孟徳)の似顔絵と手配書を書かせ、四方の県令に配布して曹操(孟徳)の生け捕りを指示します。そして、ついに中牟県の関所で捕らえられ、県令の元へと引きずり出されてしまうのです。その県令こそが、誰あろう陳宮(公台)その人でした。
諸説ありますが、実は陳宮(公台)は曹操(孟徳)を養育し、仕えてくれた老僕の甥であり、有事の際は曹操(孟徳)を助けるようにと言われていたという説が有力です。
ただし、この場面では県令としての立場上、曹操(孟徳)を捕らえねばなりません。曹操(孟徳)を都へ送り届け、董卓(仲穎)から恩賞をもらおうと高言し、牢舎へ閉じ込めてしまいました。しかし、その夜、陳宮(公台)は牢舎を訪れ、曹操(孟徳)と腹を割って話をします。そして「あなたこそ、この(陳宮)公台が長年待ち望んだ天下義勇の士。私は官を捨て、あなたに従って走ります」とともに遁走することを告げるのです。
このとき、曹操(孟徳)は「天運我に有り」と思ったそうです。

「俺が天下の人を裏切っても、天下の人が俺を裏切るのは許さない」

「俺が天下の人を裏切っても、天下の人が俺を裏切るのは許さない」

「俺が天下の人を裏切っても、天下の人が俺を裏切るのは許さない」

中牟県の県令だった陳宮(公台)を伴い、曹操(孟徳)は故郷である譙県を目指して遁走の旅を続けます。その道中、とある森の中に住む呂伯奢という郷士が、曹操(孟徳)の父と義を結んだ間柄ということを思い出し、一晩泊めてもらうために訪れることにしました。
呂伯奢は曹操(孟徳)が手配されていることを承知していましたが、そんなことは気にも留めず快く彼らを受け入れ、晩酌用の酒を求めて隣村へと出かけていきました。その留守中、呂伯奢の屋敷の裏手から刀の研ぐ音が聞こえ、家人たちであろう数人の「縛らなければ殺せぬぞ」「木にくくりつけて喉元を一突きにしてしまおう」と話し合う声が聞こえてきました。曹操(孟徳)は呂伯奢が役所へ密告しに出かけ、その留守中、使用人たちに自分たちを殺させて恩賞を得ようとしていると思いました。そして、殺される前に殺さなければならない、と陳宮(公台)に話します。
しかし、実はこれが大きな勘違いだったのです。
曹操(孟徳)と陳宮(公台)は、刀を振るって呂伯奢の家の者8人を次々と斬り殺してしまいます。そして、陳宮(公台)が裏庭で見たものは、杭に縛りつけられて暴れている猪の姿でした。「はやまった」と思っても、時すでに遅し。曹操(孟徳)と陳宮(公台)は、その場を離れ、再び遁走することになるのですが、その道すがら、酒を手に入れて戻ってきた呂伯奢と出くわします。
追われる身の自分らを泊めたとあれば迷惑がかかるからと、呂伯奢の親切を断り、曹操(孟徳)と陳宮(公台)は先へ急ごうとしますが、そこでふと、曹操(孟徳)は「やらねばならないことを思い出した」と、呂伯奢の家へ戻って行きました。
しばらくして戻ってきた曹操(孟徳)に、陳宮(公台)が何をしてきたのかと問うと、悪びれもせずに「呂伯奢を斬ってきた」と答えが帰ってきました。その理由は、呂伯奢が帰宅して、家人どもが皆殺しにされていたら激怒するだろう。そして官吏に訴え出られたら、これからの行く手に捕縛の網が張り巡らされ、遁走の障害となる。だから呂伯奢を殺したとのことでした。そして、後世にまで伝わる曹操(孟徳)の有名な言葉が発せられるのです。「寧教我負天下人、休教天下人負我」(俺が天下の人を裏切っても、天下の人が俺を裏切るのは許さない」
陳宮(公台)は、この曹操(孟徳)の言葉を聞いて、自分は仕える人間を間違ったと感じたそうです。その後、遁走の途上で陳宮(公台)は曹操(孟徳)を見限って、呂布(奉先)の元へと走るわけですが、その話はまたいずれ。

まとめ

まとめ

まとめ

以上が、曹操(孟徳)の青年期に起きた「呂伯奢一家惨殺事件」の顛末になります。きっかけは勘違いから起こった事件だったのですが、その対処や考え、発言が、後の曹操(孟徳)の残虐さ、冷酷さを物語るエピソードとして非常によく彼を表していると思います。
曹操(孟徳)は呂伯奢の使用人たちが、自分と陳宮(公台)を殺して恩賞を得るつもりだと思ったのは、もちろん董卓(仲穎)の追っ手がかかっているから疑心暗鬼になったこともありますが、それ以上に実は他者を信用しないという狡猾な一面を表しています。そして、使用人たちに殺される前に、自分たちから斬りかかっていくといった豪胆さも持ち合わせています。さらに、逃走中に呂伯奢と鉢合わせた際、勘違いだったとしても家人たちを殺された呂伯奢が、どのような行動に出るかを予測し、先んじて始末するといった機転が利く一面も見られます。このように、実はこの呂伯奢一家惨殺事件は、曹操(孟徳)のあらゆる性格や考え方、才能が随所に現れた事件だったのです。
自分は裏切っても、人が自分を裏切るのは許さないという傲慢さ。それこそが、曹操(孟徳)がダークヒーローとして後世まで語り継がれる人物像になったのですが、その誕生秘話が呂伯奢一家惨殺事件にあったのです。


この記事の三国志ライター

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