司馬懿に関する記事


三国志の登場人物を超端的に紹介するとこうなった

三国志の登場人物を超端的に紹介するとこうなった

三国志の主な登場人物をどこよりも端的に紹介してみました。個人的見解もありますが、大それたことにはなっていないと思う為「これから三国志を学んでみたい」「三国志のゲームをする上でこの武将はどんな人物か知りたい」と思う人は是非読んでみてください。ここからさらに深く知るきっかけになれば幸いです。


張郃--魏を支え続ける猛将

張郃--魏を支え続ける猛将

演義ファンの方は「魏の国の名将は?」と聞かれたら、真っ先に答えるのは張遼でしょう。続いて徐晃、そして張郃と言ったところでしょうか。実際、この三人と楽進・于禁を合わせた五人が一つの列伝にまとめられており、魏の五虎大将軍と言っていい存在です。その中でも、もっとも後の時代まで活躍したのが張郃です。


一時代を築いた天性の策士【司馬懿】④ 魏の権力闘争に打ち勝つ

一時代を築いた天性の策士【司馬懿】④ 魏の権力闘争に打ち勝つ

諸葛亮との決戦を終えた司馬懿に待っていたのは、自国での権力闘争でした。司馬懿に意見をできるものもおらず、軍事的な実績のない曹爽一派程度でした。司馬懿は自分の身に危険が及ぶことも察し、病と称して引退してからクーデターを興します。晋の基礎を作った司馬懿の実力をここでみていきます。


一時代を築いた天性の策士【司馬懿】③ 諸葛亮との決戦

一時代を築いた天性の策士【司馬懿】③ 諸葛亮との決戦

司馬懿は大将軍となり、対蜀の総司令官として赴きます。蜀では諸葛亮が第四次北伐を企画しており、両者は初の直接対決を迎えました。魏と蜀の命運を分け合う形になった両者の戦いは知力の勝負となっていきます。


一時代を築いた天性の策士【司馬懿】② 蜀との激突

一時代を築いた天性の策士【司馬懿】② 蜀との激突

魏の曹操や曹丕から重用されるようになる司馬懿ですが、蜀の北伐が始まると、とうとう諸葛亮との対決が始まります。司馬懿の名を天下に知らしめた対蜀との前哨戦をまずはみていきましょう。


ラスボス司馬懿仲達(後編)

ラスボス司馬懿仲達(後編)

諸葛亮率いる蜀漢の侵攻を防いだ司馬懿。演義ですと、諸葛亮死後のことは大分端折られてしまうので司馬懿がどのようなことをしたかはあまり書かれていません。ですが、正史ではもちろん記載されていますし、歴史学的には非常に重要な部分です。司馬懿の後半の人生はどのようなものだったのでしょうか?


ラスボス司馬懿仲達(前編)

ラスボス司馬懿仲達(前編)

三国志を題材にしたゲームや小説・漫画で多いのは劉備(玄徳)あるいは諸葛亮を主人公とした作品です。やはり蜀漢を正当な王朝として考えるのが架空の話の中では流行りなのでしょう。その場合、ラスボスに当たるのは誰でしょうか?董卓や曹操が悪役でそれになることもありますが、圧倒的に多いのは司馬懿です。何故、彼はそのようなポジションになるのでしょうか?


一時代を築いた天性の策士【司馬懿】

一時代を築いた天性の策士【司馬懿】

魏の策略家として名が挙がるのは荀彧や荀攸を筆頭に大勢の文官が揃っていました。しかし、その中でも飛びぬけて出世し、後に魏を倒して晋を建国するまでに至ったのは司馬懿の功績が強かったといえます。一時代を築いた司馬懿の功績をここで紹介していきます。


知略NO.1は俺だ!諸葛亮(孔明)に待ったをかける天才たち

知略NO.1は俺だ!諸葛亮(孔明)に待ったをかける天才たち

三国志で知略NO.1と言ったらやはり諸葛亮(孔明)を推す声が多いです。しかし他にも知略に長ける軍師は多数存在します。ここではそんな諸葛亮(孔明)を推す声に待ったをかける軍師について紹介したいと思います。


三国志で過小評価されている武将・君主5選を紹介!

三国志で過小評価されている武将・君主5選を紹介!

三国志の世界では、多くの登場人物がいます。当然、評価されている人物がいれば、まったく評価されていない人物もいます。そこで今回は、「過小評価されているのでは!?」と思える武将・君主にスポットを当てて紹介していきたいと思います。


曹操(孟徳)さえも警戒しつつ重用した司馬懿(仲達)の人生

曹操(孟徳)さえも警戒しつつ重用した司馬懿(仲達)の人生

三国志演義で劉備(玄徳)、曹操(孟徳)など三国志の第一世代が亡くなった後、物語の展開で欠かすことのできないキャラクターと言えば諸葛亮(孔明)と司馬懿(仲達)ではないでしょうか? 本記事では司馬懿(仲達)の人生について説明します。


劉備(玄徳)の死後も続いた諸葛亮(孔明)との微妙な関係

劉備(玄徳)の死後も続いた諸葛亮(孔明)との微妙な関係

劉備(玄徳)と諸葛亮(孔明)は「水魚の交わり」と言われるほど密接な関係だったようです。これには義兄弟の関羽(雲長)と張飛(益徳)もヤキモチを焼いたのだとか。しかし、史実では密接な関係であると同時に微妙な関係にあったことも読み取ることができます。


三国志・因果応報ともいえる遼東の公孫氏の興亡

三国志・因果応報ともいえる遼東の公孫氏の興亡

遼東に一大勢力を築いた公孫氏の興亡の経過をお伝えしていきます。そこには「因果応報」の理が見え隠れしています。


劉備(玄徳)の師で三代に渡り天下に名が響いた盧植と子孫たち②

劉備(玄徳)の師で三代に渡り天下に名が響いた盧植と子孫たち②

後漢王朝で高名な学者・政治家となった盧植は、子孫たちも優秀な人材となっています。子の盧毓や孫の盧欽も政治の中枢を担い、魏の皇帝たちからも信頼を得ていました。そんな盧植の子孫、盧毓・盧欽を紹介していきましょう。


名門の証!?二字姓の人物たち

名門の証!?二字姓の人物たち

曹・劉・孫・呂・周・馬・袁など三国志の登場人物の多くは一字の姓を持っています。少数派ですが二字の姓をもつ人物もいます。彼らはどういう人物でしょうか?また、共通点はあるのでしょうか?


三国志・魏延が諸葛亮に焼き殺されそうになった話の裏側

三国志・魏延が諸葛亮に焼き殺されそうになった話の裏側

蜀による第5次北伐では、諸葛亮が司馬懿をあと一歩のところまで追い詰めました。そのとき諸葛亮は司馬懿と同時に味方の魏延も一緒に葬り去ろうとしたという説があります。


戦国時代においては家柄も立派な武器!?血統の良い武将ランキング

戦国時代においては家柄も立派な武器!?血統の良い武将ランキング

劉備(玄徳)が自分の正当性を主張する時に漢王室の血を引いているということを挙げていたのは演義でも正史でも出てきます。ですが、漢帝国には百人以上子供がいる皇帝もいます。では、血統にはなんの意味もないのでしょうか?そんなことありません。実際に血統が素晴らしい(本当なのかどうかはともかく)武将を見てみましょう。


孔明がナンバーワン?いやいや、知力は俺の方が上だ

孔明がナンバーワン?いやいや、知力は俺の方が上だ

三国志の天才軍師と言ったら大多数の人が諸葛亮(孔明)を推します。三国志をあまり知らない人でも彼の名前を聞いたことがると思います。しかし諸葛亮に匹敵する、もしくは諸葛亮以上に多大な功績を残し、国を支えたという軍師は実は沢山存在します。そんな天才軍師たちをご紹介します。


三国志・最も知略に優れているのは誰なのか?

三国志・最も知略に優れているのは誰なのか?

三国志には知略を用いて戦場で大勝利を収めたり、勢力を拡大する場面も数多く登場します。はたして最も知略に最も優れているのは誰なのでしょうか?


日本の戦国時代にタイムスリップしても本当に通用する武将は?

日本の戦国時代にタイムスリップしても本当に通用する武将は?

三国志の武将たちと日本の戦国武将が共に戦うアクションゲームが人気を博していますが、三国志ファンならば戦国時代も好きな人も多いのは確かでしょう。単純に武将としての能力でいえば、比較して想像するだけでも楽しいものです。どんな武将が戦国時代に生き抜けたのか興味が湧くので、ここで考えてみましょう。