呂布に関する記事


個人的に三国志の武将に年俸を付けたらこうなった

個人的に三国志の武将に年俸を付けたらこうなった

多くの人が三国志で一番強い武将に呂布(奉先)を挙げます。しかし彼はよく君主を裏切る人物だったので自分が君主だった場合彼に多くの年俸を払いたいと思いたくはないでしょう。ここでは独断と偏見で「自分が君主だったら誰にどれだけの年俸を払いたいか」という事を紹介したいと思います。プロ野球などの年俸を意識してもらえたら幸いです。


裏切りの将(呂布・魏延・蔡瑁)

裏切りの将(呂布・魏延・蔡瑁)

三国志演義では裏切り者という印象の強い、呂布・魏延・蔡瑁。彼らは本当に恩知らずの裏切り者だったのでしょうか?それともそう描かれているだけなのでしょうか?もし、そうなら理由はあるのでしょうか?


こんなに違う!日本と中国での三国志の見方や考え方が異なる!

こんなに違う!日本と中国での三国志の見方や考え方が異なる!

三国志好きの日本人は数多くいます。日本の歴史より、三国志の方が好きな人もいることでしょう。もちろん、本場である中国でも三国志は親しまれています。しかし、実は日本と中国では三国志の見方や考え方が違うのです。そこで今回は、日本と中国の三国志の見方・考え方の違いについて紹介していきます。


三国志・呂布の一騎打ちの対戦結果が意外にも悪いのはなぜか?

三国志・呂布の一騎打ちの対戦結果が意外にも悪いのはなぜか?

三国志最強の武将「呂布」。しかし、三国志演義に登場する呂布の一騎打ちの結果はイマイチです。その対戦内容を見ていきましょう。


徐州--三国志前半の激戦区

徐州--三国志前半の激戦区

三国志演義、序盤から数々の見せ場があります。その中で印象深いものの一つが曹操による徐州での大虐殺でしょう。父親を殺された曹操が復讐のために徐州に攻め入り、劉備がわずかの援軍を率いてやってくる。二人の対称的な姿が映し出されます。その後、呂布や袁術が絡んできて、複雑な人間模様が描かれます。では、正史の徐州での攻防はどのようなものだったのでしょうか?


敵に囲まれた--ギリギリの場面こそ本音が!!

敵に囲まれた--ギリギリの場面こそ本音が!!

三国志の物語では数多くの戦がありました。となれば、当然捕まったり、敵兵に囲まれた武将もたくさんいます。人間は絶体絶命の局面でこそ本音が出るといいます。三国志の英雄たちはどのような本音を出したのでしょうか?


三国志・董卓の残党である李傕や郭汜は本当に雑魚武将なのか?

三国志・董卓の残党である李傕や郭汜は本当に雑魚武将なのか?

董卓の後継者として朝廷を牛耳った李傕、郭汜ら董卓の残党。彼らの評価はとてつもなく低いですが、果たして本当に雑魚武将だったのでしょうか。


初心者でも早分かり! 三国志人物伝【曹操と敵対にあった雄】( 魏②)

初心者でも早分かり! 三国志人物伝【曹操と敵対にあった雄】( 魏②)

三国志で広大な領土を築いた魏の曹操ですが、人材の宝庫といわれ、文官・武官ともに有能な武将たちが勢ぞろいしていました。そんな魏の人材でも、当初は曹操に敵対勢力として所属していた武将も多くいます。そんな曹操を苦しめて、後に魏の発展に貢献した人物を見ていきましょう。


三国志・英雄たちで最強のサッカーチームを作ってみよう!

三国志・英雄たちで最強のサッカーチームを作ってみよう!

今回は、三国志に登場する英雄たちから選抜して、ワールドカップでも活躍できそうなチームを編成していきたいと思います。


「ウマ娘」にも登場してほしい? 三国志を駆け抜けた名馬たちとは?

「ウマ娘」にも登場してほしい? 三国志を駆け抜けた名馬たちとは?

三国志には「南船北馬」という言葉があります。これはいったいどういう意味でしょうか。三国志は戦の歴史でもあり、多くは騎馬による一騎打ちや戦争の描写が多く見られます。なかでも名のある武将が駆る名馬たちは、その名を歴史に残しているのです。


赤壁その後 南郡の攻防 昨日の友は今日の敵

赤壁その後 南郡の攻防 昨日の友は今日の敵

一般的には「昨日の敵は今日の友」ですが、三国志では「昨日の友は今日の敵」という場面もよく出て来ます。呂布(奉先)や袁術(公路)を倒した頃、劉備(玄徳)と曹操(孟徳)は味方同士でしたが、赤壁の戦いにおいてはもはや「敵」。そして、赤壁の戦いに勝利した呉、劉備連合軍も南郡の攻防において徐々に亀裂が生じて来ます。


魏軍のエース張遼

魏軍のエース張遼

蜀漢の武将がクローズアップされ、人気の高いことが多い三国志演義ですが、魏の国の武将でも敗けないくらい人気の武将がいます。それが張遼です。有名なのは「呂布の配下にいた」「関羽と親交があった」「孫権軍十万人を八百人で撃退した」辺りでしょうか。正史の張遼は一体どんな人物だったのでしょう!?


軽すぎる! 養子になった男たちの話

軽すぎる! 養子になった男たちの話

三国志で位の高い者の養子になるというのはよく見られることがあります。しかしこれがあまりにもあっけないケースばかりです。「えっこんなので養子になれちゃうの?」というエピソードばかりです。現代との違いをまざまざと見せつけられることでしょう。


呂布(奉先)の方天画戟は高機能兵器だった

呂布(奉先)の方天画戟は高機能兵器だった

三国志で呂布(奉先)は「陣中の呂布、馬中の赤兎」と噂され、一人で一国一城を陥落させることのできると恐れられた武将です。彼には赤兎馬と言われる名馬がありましたが、もうひとつ彼の活躍を助けたのは方天画戟という高機能兵器の存在です。


三国志史上最強の武将呂布奉先の最期!その結末とは

三国志史上最強の武将呂布奉先の最期!その結末とは

皆さんは呂布奉先を知っているでしょうか?ご存知の通り裏切りを重ねた三国志史上もっとも最強と言われている武将です。呂布奉先の最期についてご存知でしょうか?知っている人には興味の無いことかもしれませんが、今回は呂布奉先という武将の最期について語っていこうと思います。


後は頼んだ・・・英雄たちの遺言

後は頼んだ・・・英雄たちの遺言

英雄であろうと覇者であろうと人間である以上、必ず死は訪れます。彼らは最期の瞬間に何を思ったのでしょうか?2000年前から伝わる英雄たちの最期の言葉を取り上げてみました。また、この遺言、演義と正史の差があまりありません。なので、「この言葉知っている」ということも多いと思います。


天下最強の武人・【呂布】の軌跡と天下を取れなかった理由

天下最強の武人・【呂布】の軌跡と天下を取れなかった理由

三国志において、天下最強・無双などの称号を持つのが呂布です。英雄として描かれたり、悪役として登場するなど、小説や漫画、ゲームなどでは個性あふれるキャラクターとなっています。そんな最強といわれた呂布はどうして天下を取れなかったのか、その軌跡とともに見ていきましょう。


三国志最強の呂布は裏切り者!だけどなぜ魅力的なのか考察してみた

三国志最強の呂布は裏切り者!だけどなぜ魅力的なのか考察してみた

三国志の武将で最強の呼び声高い呂布。しかし、呂布は何度も主君を裏切った武将としても有名だ。養父2人を裏切り、殺害までしているだけに悪者のイメージが強い。そんな呂布だが、三国志ファンには呂布好きも多くいるのだ。そこで今回は、なぜ裏切り者のはずの呂布は、なぜ多くの人を魅了するのかについて考察していきたい。


実は“南の呂布(奉先)”と呼ばれた裏切り武将がいた!?

実は“南の呂布(奉先)”と呼ばれた裏切り武将がいた!?

はじめは丁原(建陽)を主として仰ぎ、董卓(仲穎)の誘いに乗って父子の契りを結び、王允(子師)が刺客として送った貂蝉のハニートラップにまんまとハマって董卓(仲穎)までも殺害した「主殺し」の悪名高い呂布(奉先)。しかし、実は主殺しを繰り返した武将は、他にもいたことをご存知でしょうか。劉繇(正礼)配下の笮融(字は不明)です。


三国志・どこまでが架空なのか? 6人の「幻のような女性たち」

三国志・どこまでが架空なのか? 6人の「幻のような女性たち」

三国志には個性豊かなキャラが多数登場します。今回はその中から「幻のような女性たち」を6人ご紹介いたします。