本当にあった合戦の華"一騎打ち"

本当にあった合戦の華"一騎打ち"

三国志を読んでいて一番盛り上がるのは一騎打ちのシーンだという人は多いと思います。関羽と黄忠・張飛と馬超・許褚と典韋・etc。どれも演義で読むとワクワクするシーンですが、その殆どは演義での創作です。日本でも、武田信玄と上杉謙信の一騎打ちなどが有名ですが、殆どが創作です。合戦者の著者も読者が楽しめる内容を求めて書いたのでしょう。ですが、わずかながらも正史に記載されている一騎打ちもあります。果たして、どのような一騎打ちがあったのでしょう。


孫策 VS 太史慈

孫策 VS 太史慈

孫策 VS 太史慈

正史でも演義でも書かれている大物同士の一騎打ちとして挙げられるのが
孫策 VS 太史慈
でしょう。唯一と言って良いかも知れません。一騎打ちの経過もほぼ同じです。
孫策は袁術より兵を借りて江東へ進出しました。この時 、立ちはだかったのが、揚州刺史の劉繇でした。太史慈は劉繇の配下でした。孫策が自ら数名を率いて劉繇の陣の偵察にやって来ると、太史慈が一人で出向きます。そして、孫策と激しく一騎打ちを始めます。孫策は太史慈の馬を刺します。太史慈は孫策の兜を奪います。そうまでして打ち合っていましたが、両軍の味方が駆けつけたため、お互いに引き上げました。
後日談もほとんど正史は演義と同じです。孫策軍が劉繇軍を破ると、太史慈は単独で最後まで抵抗します。そして、太史慈軍も孫策軍に敗れ、太史慈は捕虜となります。太史慈は孫策に対し、
「劉繇軍の残党でも有能なものはいます。それらの兵士を集めてきましょう」
と提案すると、孫策は太史慈を放します。孫策配下の者たちは
「太史慈は逃げたくて、言ったに違いありません。きっと帰ってきませんぞ」
と言いました。ですが、太史慈は見事孫策の期待に応え、一軍を率いて帰ってきたのです。

関羽 VS 顔良

関羽 VS 顔良

関羽 VS 顔良

三国志の中で最も有名な人物と言えば、神様にまでなってしまった関羽でしょう。横浜の関帝廟など、三国志を全く知らなくても、関羽の像を見たことある人は多いと思います。関羽は演義では実に多くの一騎打ちをします。華雄を斬り、呂布と撃ち合い、顔良・文醜を倒し、五関の将を全員切り倒し、追ってきた夏侯惇と切り合い、黄忠や龐徳とも激しく撃ち合います。これらの殆どは残念ながら演義の創作です。関羽が万夫不当の猛将であったことは事実ですが、さすがにそこまで超人のような活躍をしたわけではありません。これらの関羽の活躍で、唯一正史に記載されているのが袁紹配下の将、顔良を倒したことです。
徐州で曹操に反乱を起こした劉備(玄徳)は破れ、配下の将である関羽は降伏しました。曹操はその後、袁紹との合戦を行い、関羽も張遼と共に出陣しました。袁紹軍の将軍は顔良で曹操軍にも名が知られる勇将です。正史の記載によると
「顔良の姿を見た関羽は一騎で分け入って、顔良を刺殺して、首を持ち帰った」
とあります。演義に描かられている圧倒的な強さで顔良を倒したというのは正史にも記載されているのです。
正史には他の関羽の一騎打ちは記載されていません。でも、いいのではないでしょうか。関羽は曹操軍に降伏し、恩を合戦で返すと劉備(玄徳)への忠義のため、曹操軍を去り、それを見た曹操は感服して
「追うでない」
とまで言いました。演義に描かれている関羽のドラマチックな生き様は正史にも記載されています。それは一騎打ち以上に読者の心をワクワクさせてくれます。

呂布 VS 郭汜

呂布 VS 郭汜

呂布 VS 郭汜

三国志で一騎打ち最強と言って思いつくのはなんと言っても呂布です。演義では、赤兎馬に跨がり、劉備(玄徳)・関羽・張飛の三人相手に渡り合ったり、許褚・典韋・夏侯惇・夏侯淵・李典・楽進の六人を相手に戦ったりもしています。袁術軍との戦闘では楽就を一蹴したり、劉備(玄徳)と紀霊の前で、遠くから弓で戟を射たりもしています。これらの殆どは演義での創作で、正史には記載されていません。唯一記載されているのは
「人中の呂布、馬中の赤兎」
という言葉がある通り、赤兎馬という馬に跨っていたということだけです。では、呂布の一騎打ちは正史に全く記載されていないのでしょうか?そんなことはありません。一戦だけですが、正史に記載されています。
呂布の一騎打ちの相手として正史に記載されているのは郭汜です。董卓配下で、主君が暗殺された後、李傕と共に都である長安を制した武将です。演義では董卓の後、略奪や専横をやりたい放題して、曹操に敗れたということ以外、あまり知られていない目立たない存在ですが、正史では剛勇の武将で、李傕との争いの時もわずかの兵で李傕の大軍を破ったりしています。
その一騎打ちは董卓暗殺の後、長安を支配していた、呂布・王允に対して李傕・郭汜が攻めてきた時に行われます。呂布が一騎打ちを求めると、剛勇の郭汜が応じて迎え撃ちます。ところが、さすがは呂布、郭汜を打ち負かし、逃走させます。
結局、呂布は一騎打ちには勝っても、参謀である賈詡の進言を取り入れた李傕・郭汜の軍勢に敗れて長安を追われます。呂布は最終的に
・参謀(陳宮)の策略を取り入れない
・敵である曹操は参謀(郭嘉・荀攸)の策略を用いて、水攻めで攻めてくる
・合戦そのものは敗れる
となります。郭汜との一騎打ちの時から、学べなかったのが呂布の破滅の原因ということも出来そうです。

馬超 VS 閻行

馬超 VS 閻行

馬超 VS 閻行

馬超は演義において、許褚・張飛という、曹操軍・劉備(玄徳)軍きっての猛将と一騎打ちを繰り広げます。一歩も引かず、五分で渡り合いました。劉備(玄徳)軍では五虎大将軍となり、読者にもファンが多く、一騎打ちが強いと言われる武将の一人です。
正史において、馬超の出番は劉備(玄徳)軍加入より前の方が圧倒的に多いです。曹操と合戦をしたシーンももちろんですが(正史とは逆に、父である馬騰を見殺しにした)、その他にも、曹操(=朝廷)の命令で父と一緒に袁紹軍の残党と戦ったりと、色々な合戦で度々登場します。それらの合戦で馬超の一騎打ちのシーンは出てきます。
馬騰と韓遂が涼州の支配権を巡って合戦を起こしました。馬超も馬騰に従って出陣します。馬超の勇猛さは当時から有名であったようです。そして、馬超の一騎打ちの相手となったのが、韓遂軍の武将である閻行です。「閻行」聞いたことのない名前だと思います。彼は演義には登場しません。馬超の活躍を期待した演義ファンには残念ですが、閻行が馬超をボッコボコにします。馬超を矛で馬から突き落とすと、折れた矛の柄で馬超の首を絞めあげます。トドメまではさせませんでしたが、一騎打ちは閻行の圧勝でした。
馬超を一騎打ちで圧倒するような武将が何故、演義に登場しなかったのでしょうか?涼州の争いそのものが演義に登場しないので仕方ないことなのかも知れません。一つの名シーンがあっても、全体として注目されることでなければ、描かれることもない。歴史小説の定めですね。

まとめ

まとめ

まとめ

正史に記載されている一騎打ちはこれが全てと言われています。もちろんすべての合戦を完璧に記録しているわけではないでしょうから、実際にはもっとあった可能性は十分あります。ですが、演義にあるような、周りの者を引きつける一騎打ちは殆どなかったのが現実です。現実の合戦は演義で描かれているよりも遥かにリアルで厳しく、一騎打ちなど華々しいことなどはほとんどなかったのでしょう。


この記事の三国志ライター

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