人物・武将

三国志を題材にしたアーケードゲーム

吉川英治原作 三国志 (現在執筆中) @黄十浪 坂本六有

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三国志・呉が建国されたときには曹操・曹丕・劉備(玄徳)はす...

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一人で三国の戦力図を変えた男馬超(孟起)について

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冷酷で怖いイメージの曹丕が甘党のスイーツ男子という驚愕の事実

冷酷で怖いイメージの曹丕が甘党のスイーツ男子という驚愕の事実

皆さんは曹丕子文を知っているでしょうか?皆さんも良く知る曹操孟徳が32歳の時に出来た息子であり、父よりも冷酷で怖いというイメージがつきまとう武将です。そんな曹丕子文ですがどうやら甘党でスイーツ男子という噂があるようです。そこで今回はその事実について調べてみました。


諸葛亮(孔明)でさえ苦労した劉備軍での「新入り時代」

諸葛亮(孔明)でさえ苦労した劉備軍での「新入り時代」

天才軍師諸葛亮(孔明)。劉備(玄徳)の手厚い招聘を受けて劉備軍へ加入しますが、最初のうちは内部の人間関係で結構苦労しています。圧倒的な知力を持ち、参謀となれば大きな戦力となるであろう人材なのに周囲の目は意外に冷ややか…どんな世界でも「新人さん」は大変ですね。


三国志・馬謖が街亭を守り抜いていたら蜀の北伐は成功していたのか

三国志・馬謖が街亭を守り抜いていたら蜀の北伐は成功していたのか

馬謖の失策によって失敗したとされる第一次北伐。はたして馬謖だけの責任だったのでしょうか。その検証ともし馬謖が街亭を守り抜いていたらどうなっていたのか予想していきます。


易学占いを極めし魏の天才占い師管輅(かんろ)はどんな人?素顔に迫る

易学占いを極めし魏の天才占い師管輅(かんろ)はどんな人?素顔に迫る

現代でも女性に人気のある占いですが、三国志時代の魏にそんな占いを極めた人がいたのはご存知でしょうか?彼は天才占い師と言われており、全ての占いを極めた占い師だったのです。今回はそんな天才占い師管輅がどんな人であったかを紹介したいと思います。


【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(4)

【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(4)

このシリーズも4作目となり、三国志の筋書きでは中国全土をさせるほどの大規模な戦争となり、絶望的な兵力差がありつつも蜀と呉の連合軍が歴史的な勝利をおさめた赤壁大戦が勃発した頃になります。


英雄たちを変えた予言と夢。彼らにどんな未来をもたらしたのか

英雄たちを変えた予言と夢。彼らにどんな未来をもたらしたのか

三国志演義における予言や夢が、英雄たちの未来を左右することもあります。関羽や魏延が見た夢とは?劉備(玄徳)や曹操が受けた予言は、どういう未来につながったのでしょうか。


魏の一番槍といえばこの男【楽進】

魏の一番槍といえばこの男【楽進】

三国志で国力・人材ともに最大規模といえば、曹操(孟徳)が築き上げた魏です。魏には有能な武将たちが勢ぞろいし、諸葛亮(孔明)や関羽、張飛、周瑜(公瑾)、呂蒙、陸遜ら傑出した人材を従えていた劉備(玄徳)や孫権たちでも恐れていたほどでした。その中でも魏の有名武将に引けをとらない活躍を見せた楽進を紹介していきます。


一人で三国の戦力図を変えた男馬超(孟起)について

一人で三国の戦力図を変えた男馬超(孟起)について

三国志の中でも最も強い将軍と言われていた一人、馬超(孟起)という男をご存知でしょうか。五虎将軍の一人として劉備軍になくてはならない存在でした。彼の武力存在感について紹介したいと思います。劉備(玄徳)にとって彼が仲間に加わったことはとてつもなく大きな出来事だったことでしょう。


三国志・劉備(玄徳)配下の文官三人衆、簡雍・孫乾・麋竺の功績

三国志・劉備(玄徳)配下の文官三人衆、簡雍・孫乾・麋竺の功績

三国志ではほとんど注目されることのない内政、文官にスポットを当ててみます。今回は劉備(玄徳)の家臣でも知名度の高い、「簡雍」「孫乾」「麋竺」についてご紹介いたします。


呂布・司馬懿だけじゃない!蜀漢の裏切り者たち

呂布・司馬懿だけじゃない!蜀漢の裏切り者たち

三国志演義代表の裏切り者といえば呂布や司馬懿でしょう。しかし、離反した人物は蜀でも少なからずいます。裏切り者たちは主に対し、どのような不満を抱いていたのでしょうか?彼らのその後と共に見てみましょう。


【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(3)

【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(3)

本記事は三国志と日本古代史でおきた主なできごとを同時進行でご紹介しています。「三国志で○○の戦いがあったとき、日本では○○があった」の形式でお送りするので、ぜひご一緒に両国の歴史をおさらいしましょう。


呉の切り込み隊長! 戦闘力が高い【甘寧】

呉の切り込み隊長! 戦闘力が高い【甘寧】

呉において、一番戦闘力が高い武将といえば、甘寧を挙げる三国志ファンも多いでしょう。ゲームなどでは実際に武力が高く、呉を攻めるとラスボスのように立ちふさがります。甘寧は魏の張遼や蜀の関羽並みに評価されており、史実でも呉の窮地を救った英雄となっています。そんな甘寧をここで紹介していきましょう。


三国志・慈愛と嫉妬が入り混じる後宮での闘争劇『呉編』

三国志・慈愛と嫉妬が入り混じる後宮での闘争劇『呉編』

陰湿な権力闘争が繰り広げられる「後宮」。ここはまさに女性たちの戦場です。今回は呉の後宮の様子についてお伝えしていきます。そこにはまさかの「あの英雄」の娘も登場します。


男が惚れる豪傑・太史慈(子義)の魅力

男が惚れる豪傑・太史慈(子義)の魅力

三国志でも最強の一人と謳われた太史慈子義は特に弓の名手として名を馳せていました。彼の武勇伝や生きざまは見事としか言いようがなく、三国志ファンの中で一番好きという人も少なくありません。そんな太史慈子義の魅力について紹介します。


【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(2)

【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(2)

前回に引き続き、あなたに三国志で劉備(玄徳)や曹操(孟徳)らが戦っている最中に日本でなにが起きていたのか…。それをぜひとも知ってほしいと願い、この記事を書かせていただきます。


一発逆転の鄧艾の戦略と日本陸軍のインパール作戦に相違点はあるのか

一発逆転の鄧艾の戦略と日本陸軍のインパール作戦に相違点はあるのか

不可能を可能にし、形勢を一気に変える険峻な山岳地帯を踏破しての侵攻。三国志では鄧艾の蜀侵攻が有名ですし、日本陸軍ではインパール作戦が有名です。相違点について見ていきましょう。


一途な武将や愛妻家は誰!?三国時代のフェミニストに迫る

一途な武将や愛妻家は誰!?三国時代のフェミニストに迫る

日本では一夫一妻が常識とされていますが、時代によっては変わるもの。跡取りを必要として多くの側室を抱えたという日本の戦国時代にも一途な武将は沢山いました。これは三国志でも同様なのでしょうか?そこで今回は一途に女性を愛し続けたという三国志の武将を紹介します。


三国志・最強の武将・呂布を選んだ名士・張邈と軍師・陳宮

三国志・最強の武将・呂布を選んだ名士・張邈と軍師・陳宮

三国志最強の「呂布」の独立に手を貸した陳留郡太守「張邈」と呂布を最後まで支え続けた軍師「陳宮」。この3人の関係はどのようなものだったのでしょうか。宿敵「曹操」を交えてお伝えしていきます。


【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(1)

【三国志with日本史】その頃日本は…〇〇があった(1)

三国志のストーリーはお隣中国が天下大乱を迎えたところから始まり、約1世紀をかけて司馬炎が興した晋に統一され絶筆します。実は我が国でも同時期は大小の国や跡目争いが起きていた乱世で、のほほんと弥生土器を作っていた訳ではありませんでした。


まるで吉田松陰? 門下生が活躍した人物鑑定家の司馬徽

まるで吉田松陰? 門下生が活躍した人物鑑定家の司馬徽

三国志の時代には学問を教えたり、思想を語り合うなどして、門下生を取っている人材もいました。人物鑑定家として名を残している司馬徽もその一人です。司馬徽はホウ統の才能を見抜き、徐庶や韓嵩、向朗、尹黙ら諸国で貢献した政治家を門下生として扱っています。そんな司馬徽やその門下生の活躍を見ていきましょう。