とんでもないエピソード満載の張飛(翼徳)について

吉川英治原作 三国志 (現在執筆中) @黄十浪 坂本六有

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易学占いを極めし魏の天才占い師管輅(かんろ)はどんな人?素...

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三国志・韓遂の「手下八部」メンバー紹介

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三国志・魏延が諸葛亮に焼き殺されそうになった話の裏側

三国志・魏延が諸葛亮に焼き殺されそうになった話の裏側

蜀による第5次北伐では、諸葛亮が司馬懿をあと一歩のところまで追い詰めました。そのとき諸葛亮は司馬懿と同時に味方の魏延も一緒に葬り去ろうとしたという説があります。


赤壁開戦までの論争 諸葛亮(孔明)命を賭した大論陣

赤壁開戦までの論争 諸葛亮(孔明)命を賭した大論陣

208年、河北一帯をほぼ平定した曹操(孟徳)は、中国全土の統一を目指し南征軍を興します。当時の中国南部の大きな勢力は荊州と呉国でしたが、劉表(景升)が亡くなった荊州が進撃してきた曹操軍に降伏。劉備軍は江夏、夏口へ逃亡しますが、曹操(孟徳)有利の体勢がますます強化されてしまいました。


後は頼んだ・・・英雄たちの遺言

後は頼んだ・・・英雄たちの遺言

英雄であろうと覇者であろうと人間である以上、必ず死は訪れます。彼らは最期の瞬間に何を思ったのでしょうか?2000年前から伝わる英雄たちの最期の言葉を取り上げてみました。また、この遺言、演義と正史の差があまりありません。なので、「この言葉知っている」ということも多いと思います。


【試験対策】三国志検定例題~3級編vol.1~

【試験対策】三国志検定例題~3級編vol.1~

三国志検定は悲しいことに実にマイナーな検定です。問題集などの書籍は漢字検定や英語検定に比べるとバリエーションが少なく、検索エンジンにて調べてみてもなかなか例題にヒットできません。そのお悩みを解決いたしましょう。


三国志の英雄【劉備玄徳】の軌跡①「義勇軍~徐州攻防戦」

三国志の英雄【劉備玄徳】の軌跡①「義勇軍~徐州攻防戦」

三国志の英雄といえば劉備(玄徳)の名が挙がります。三国志演義の影響もあって、多くのファンを持ち、日本でも大人気といえるでしょう。そんな劉備(玄徳)は正史でも主役級の扱いとなっており、三国志の時代には多大な人望を集めていました。ここでは義勇軍の結成から徐州攻防戦までの劉備(玄徳)の軌跡をたどっていきます。


呉の国の英雄孫策とは!?

呉の国の英雄孫策とは!?

三国の一つ呉の国の土台を築いたのは、皇帝孫権の兄孫策です。小覇王と称されたくらいですから、楚の国の英雄だった覇王項羽なみの武勇を誇っていたのでしょう。ですが、それだけで国を興すことは出来ません。果たして一国を築き上げた孫策とはどのような人物だったのでしょう。


劉琮というリーダーについて

劉琮というリーダーについて

劉琮は広大な土地・荊州を支配していた父、劉表(景升)の後を継ぐことになりました。しかし、自分が実権を握るとすぐに曹操(孟徳)に降伏してしまいます。一見情けない君主ですが、そんな劉琮について紹介します。


あなたの三国志愛が資格になる!!「三国志検定」

あなたの三国志愛が資格になる!!「三国志検定」

現代社会では誰しもがひとつは検定資格を持っている時代となり、それを趣味や生きがいとする人たちまで現れています。そのひとつとして、三国志検定を受験してみるのはいかがですか?


「魏・呉・蜀」を人のタイプで例えるとこうだ!

「魏・呉・蜀」を人のタイプで例えるとこうだ!

三国志の歴史において「魏・呉・蜀」の関係は欠かせません。この三国を擬人化することによって、その国が目指そうとしていた天下やその国がどのような国柄であったのかということが理解できると思います。


天下最強の武人・【呂布】の軌跡と天下を取れなかった理由

天下最強の武人・【呂布】の軌跡と天下を取れなかった理由

三国志において、天下最強・無双などの称号を持つのが呂布です。英雄として描かれたり、悪役として登場するなど、小説や漫画、ゲームなどでは個性あふれるキャラクターとなっています。そんな最強といわれた呂布はどうして天下を取れなかったのか、その軌跡とともに見ていきましょう。


馬氏の五常とまで呼ばれた馬良(季常)が目立たないワケ

馬氏の五常とまで呼ばれた馬良(季常)が目立たないワケ

優れて優秀な人物のことを「白眉」と呼ぶことがあります。この白眉というのは三国志に登場する馬良(季常)が由来だったことをご存知でしょうか。馬良(季常)は5兄弟の四男で「馬氏の五常、白眉もっとも良し」と言われた英才でした。しかし、現在では末弟の馬謖(幼常)のほうが良くも悪くも名前を知られていますよね。なぜでしょうか?


初心者が知っておくべき三国志のバトルについて

初心者が知っておくべき三国志のバトルについて

三国志では大小問わず、数多くの戦が繰り広げられました。その中で最も抑えてもらいたい戦についてピックアップしたので覚えてください。ここでは細かい部分には触れず大まかにどういう戦だったかということを紹介したいと思います。


三国志・蜀と呉の魏領分割案はどのようなものだったのか

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蜀と呉の間に取り交わされた幻の「魏領分割案」についてお伝えします。魏が滅びていたら蜀と呉の領土はどのようになっていたのでしょうか。


赤壁の戦い 兵士数で圧倒しながらも謀略戦で完敗した曹操軍

赤壁の戦い 兵士数で圧倒しながらも謀略戦で完敗した曹操軍

曹操(孟徳)が袁紹(本初)を滅ぼした「官渡の戦い」と同様に「大戦」となることが容易に想像できる呉国との戦い。曹操(孟徳)は自軍の戦いを優位に導くため、実践前に様々な「謀略」を用います。しかしそれは、呉国も同様でした。国の存亡を賭けての戦い。ここに「実践前の謀略戦」が繰り広げられます。


三国志・実際強いのはどっちなんだい!

三国志・実際強いのはどっちなんだい!

三国志の醍醐味といったらやはり豪傑といわれる将軍たちの一騎打ち。三国志演義では多くの一騎打ちがなされました。しかしここでは実際には戦わなかったが、「この二人のバトルが見たい」という観点で「架空一騎打ち」を考えてみました。話半分で聞いてもらえたらありがたいです。


曹操は勇ましいが、ただの女たらしだった!?

曹操は勇ましいが、ただの女たらしだった!?

魏を牽引し、三国志の歴史の中でも特に優秀な人物と言えた曹操(孟徳)ですが、そんな優秀な人材でも女性関係はだらしなく、不倫を続けていたといいます。ではその複雑な女性関係を紐解いていきましょう。


三国志最強の呂布は裏切り者!だけどなぜ魅力的なのか考察してみた

三国志最強の呂布は裏切り者!だけどなぜ魅力的なのか考察してみた

三国志の武将で最強の呼び声高い呂布。しかし、呂布は何度も主君を裏切った武将としても有名だ。養父2人を裏切り、殺害までしているだけに悪者のイメージが強い。そんな呂布だが、三国志ファンには呂布好きも多くいるのだ。そこで今回は、なぜ裏切り者のはずの呂布は、なぜ多くの人を魅了するのかについて考察していきたい。


実は“南の呂布(奉先)”と呼ばれた裏切り武将がいた!?

実は“南の呂布(奉先)”と呼ばれた裏切り武将がいた!?

はじめは丁原(建陽)を主として仰ぎ、董卓(仲穎)の誘いに乗って父子の契りを結び、王允(子師)が刺客として送った貂蝉のハニートラップにまんまとハマって董卓(仲穎)までも殺害した「主殺し」の悪名高い呂布(奉先)。しかし、実は主殺しを繰り返した武将は、他にもいたことをご存知でしょうか。劉繇(正礼)配下の笮融(字は不明)です。


魏・呉・蜀 主導者の人心掌握術を比較してみた

魏・呉・蜀 主導者の人心掌握術を比較してみた

魏の曹操(孟徳)、蜀の劉備(玄徳)、呉の孫権(仲謀)の3名の主導者は、それぞれ異なったカリスマ性で己が部下、民の心を掌握しました。本記事では各人それぞれどのようにして人心を掌握し、己の手足のように人々を動かしていたのかを分析した結果をお送りします。


とんでもないエピソード満載の張飛(翼徳)について

とんでもないエピソード満載の張飛(翼徳)について

三国志でも超有名人物である張飛(翼徳)。彼は1人で1万人に匹敵する強さを誇り、部下としてさぞ有能のように思えます。その反面酒での失敗や、部下への罰則が厳しすぎるという一面もあります。そんな張飛のとんでもないエピソードについてまとめてみました。