江東の虎、野に放たる
■ 江東の虎、野に放たる
江東の虎、野に放たる
時は後漢末期、腐敗した政治と黄巾の乱により、400年続いた漢帝国は音を立てて崩れ去ろうとしていた。この乱世の夜明け前、一匹の虎が江東の地から咆哮を上げた。その男の名は、孫堅(そんけん)、字は文台。
彼は、海賊退治で名を上げ、その武勇は中華全土に轟いていた。人々は彼を畏怖と敬意を込めて「江東の虎」と呼んだ。彼の戦いぶりはまさに猛虎そのものであった。先陣を切って敵陣に飛び込み、古錠刀(こていとう)を振るえば、敵兵は草薙ぎのように倒れ伏す。孫堅の背中には、常に兵士たちを奮い立たせる熱気が漂っていた。
紀元前190年、暴虐の限りを尽くす董卓を討つべく「反董卓連合軍」が結成されると、諸侯が己の保身や利益を計算する中、孫堅だけは純粋な義憤と野心を胸に、獅子奮迅の働きを見せた。
「狼藉者・董卓の首を挙げるのは、この孫文台だ!」
瓦礫と化した洛陽の都に入った孫堅は、そこで運命の歯車を狂わせるある物を手にする。井戸の底から見つかった、歴代皇帝の権威の象徴――「伝国の璽(ぎょくじ)」である。
「天は、俺に天下を獲れと囁くか」
金色の輝きは、孫堅の瞳に燃える野心に油を注いだ。だが、それは同時に破滅への招待状でもあった。玉璽を巡る諸侯の対立は激化し、孫堅は故郷・江東への帰路、荊州の劉表との戦いに巻き込まれていく。
運命の日は、あまりにも唐突に訪れた。
紀元191年、襄陽の戦い。敵将・黄祖を追い詰め、勝利を確信して単騎で山へ深入りした孫堅を、無情な矢の雨が襲った。
「無念……! 策よ、権よ……!」
享年37歳。江東の虎は、天下統一の夢をその両手に抱いたまま、戦場の露と消えた。あまりにも早すぎる死であった。
砕け散った星、残された碧眼児
■ 砕け散った星、残された碧眼児
砕け散った星、残された碧眼児
父の死は、孫家にとって天が崩れるような衝撃であった。
だが、その遺志は決して消えなかった。長男・孫策(そんさく)が、父譲りの、いや父をも凌ぐほどの圧倒的な武勇で江東を席巻したからだ。人々は彼を、かつての覇王・項羽になぞらえて「小覇王」と呼び称えた。
孫策の快進撃により、孫家は江東に確固たる地盤を築きつつあった。その背中を、次男の孫権(そんけん)は眩しく見つめていた。
孫権は、父や兄とは違っていた。碧(あお)い瞳を持ち、大柄な骨格ながら、その気質は慎重で思慮深い。戦場で敵を薙ぎ払う兄の姿を見るたび、彼は心のどこかで劣等感と、自分にはない強さへの憧れを抱いていた。
「兄上こそが、父上の夢を叶える御方だ。僕はその背後で、国を豊かに支えよう」
そう決めていた。自分が前線に立つ未来など、想像もしていなかったのだ。
しかし、乱世は残酷な脚本を用意していた。
建安5年(200年)、天下の情勢が曹操と袁紹の「官渡の戦い」に注目する中、孫策が狩猟中に刺客の襲撃を受ける。その傷は深く、小覇王の命の灯火は尽きようとしていた。
枕元に呼ばれたのは、まだ19歳(数え年)の孫権であった。
顔面蒼白の孫権に、瀕死の兄は印綬(君主の証)を差し出した。
「権よ……」
「兄上、なりません! 私には無理です! 兄上の代わりなど、私に務まるはずがありません!」
孫権は泣き崩れた。父のようなカリスマも、兄のような武勇もない。あるのは未熟な自分だけだ。
だが、孫策は最期の力を振り絞り、弟の手を強く握りしめた。
「江東の衆を率い、天下を争うことにおいて、お前は俺に及ばぬ。だが……」
孫策の瞳が、弟の碧い瞳を射抜く。
「賢者を登用し、彼らに力を尽くさせ、江東の地を保つことにおいては、俺はお前に及ばぬ」
それが遺言だった。偉大なる小覇王は逝った。
残されたのは、父と兄という巨大すぎる二つの星を失い、途方に暮れる若き孫権だけであった。
慟哭を超えて――若き主君の覚醒
■ 慟哭を超えて――若き主君の覚醒
慟哭を超えて――若き主君の覚醒
孫策の死後、孫家の陣営は動揺の極みにあった。「若造に何ができる」「孫家もこれで終わりか」という囁きが、風のように陣中を駆け巡る。
孫権は、兄の柩の前でただ泣き続けていた。悲しみと、重すぎる責任への恐怖が彼を押し潰していたのだ。
その時である。一人の男が孫権の前に立ちはだかった。
父の代から孫家を支える重臣、張昭(ちょうしょう)である。彼は涙に暮れる孫権を見下ろし、一喝した。
「今は泣いている時ですか!」
その声は雷のように孫権の耳を打った。
「いつまで悲しみに浸り、小児の如く泣きじゃくっておられるのですか! 狼たちが獲物を狙うこの乱世において、主が弱みを見せれば、父上が、兄上が命懸けで築いたこの江東は瞬く間に喰らい尽くされましょう!」
張昭は、孫権を無理やり立ち上がらせ、着替えさせ、馬に乗せた。
「孫策様の遺言をお忘れか。『内事は張昭に問え、外事は周瑜に問え』と。我らがおります。貴方様は一人ではない!」
その言葉で、孫権の中の何かが弾けた。
(そうだ……僕は父上ではない。兄上でもない。虎のように咆哮することも、覇王のように敵を蹴散らすこともできない)
馬上で閲兵する孫権の目には、不安そうな兵士たちの顔が映る。彼らが求めているのは、先頭で槍を振るう隊長ではない。自分たちの家族を、生活を、未来を守ってくれる「君主」なのだ。
(僕の戦いは、敵を殺すことではない。この江東という家を、守り抜くことだ)
孫権は涙を拭い、顔を上げた。その碧い瞳には、もう迷いはなかった。静かだが、決して消えることのない青い炎が宿っていた。
彼は全軍の前に進み出ると、震える声を抑え、高らかに宣言した。
「我が父は虎であった。我が兄は覇王であった。我は、そのどちらでもない! だが、我には父が遺したこの地があり、兄が託した家臣たちがいる! この孫仲謀、亡き父兄に代わり、命を賭してこの江東を守り抜くことを誓う!」
その瞬間、頼りなかった若者は「君主」へと変貌を遂げた。
その姿を見た重臣・周瑜は、静かに頭を下げた。彼もまた、友である孫策を失った悲しみの中にいたが、新たな主の誕生に希望の光を見たのだ。
「内事は張昭、外事は周瑜」。
父と兄が遺した最強の「人」という財産を、孫権は自らの謙虚さと誠実さでまとめ上げたのである。
歴史への刻印
■ 歴史への刻印
歴史への刻印
父・孫堅が蒔いた種は、兄・孫策によって芽吹き、そして今、弟・孫権によって大樹へと育ち始めた。
19歳で家督を継いだ孫権は、その後、父や兄とは異なる統治スタイルを確立する。彼は自らの才能を過信せず、魯粛や諸葛瑾といった賢才を広く求め、彼らの言葉に耳を傾けた。それは、個の武勇に頼った父や兄にはできない、組織としての強さを孫呉にもたらした。
やがて訪れる「赤壁の戦い」において、曹操という巨敵を退けることができたのも、この時に孫権が「守るための覚醒」を果たし、家臣団の心を一つに束ねていたからに他ならない。
「江東の虎」が見た夢は、形を変え、長きにわたる平和と繁栄をもたらす「皇帝」の夢へと昇華された。
父の血は熱く脈打ち、兄の魂は背中を押す。しかし、歩む道は孫権自身が切り拓いた道である。
若き孫権が流した涙は、弱さの証ではなかった。それは、偉大なる先人たちへの惜別と、自らの運命を受け入れるための、清めの儀式だったのかもしれません。
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