三国志の最後の主役?姜維が求めていたもの

三国志の最後の主役?姜維が求めていたもの

三国志のお話は蜀が魏に滅ぼされたところで終わります。その際、最後に戦っていたのが姜維です。諸葛亮の跡を継いで北伐を敢行したものの、思うような結果が得られず、更には国力の衰退を招いた…とも言われている彼ですが、一体何を求めていたのでしょうか?


姜維という人間

姜維は元々は魏の人間です。元々姜維の一族は天水と呼ばれる地域でも名門。姜維の父親もそれなりに良い地位にいたので次第に魏にも参画するようになったものの、天水は魏の中心地からすると地方。
あくまでも姜維の父親は「地方の役人」程度の認識だったのでしょう。一方でそのエリアは諸葛亮の北伐の際にはいわば最前線ともなるエリアだっただけに、姜維も当初は魏の武将として参戦していたものの、諸葛亮の策によって蜀に下る頃になります。
それが228年の話。諸葛亮の没年が235年なので、諸葛亮との付き合いはおよそ7年程度ではありますが、諸葛亮は姜維のことを高く評価していました。
ですが実際には跡を継いだ…というのは少々大げさで、諸葛亮亡き後も蜀のために働いていたのです。そもそも立場上諸葛亮の跡を継いだのは蒋えん。彼に従って働き、次第に出世していったのです。
ですが蒋えんの跡を継いだ訳でもありませんでした。蒋えんの跡を継いだのは費い。
彼もまた、劉備玄徳の時代からの忠臣であり、姜維よりも上の立場に就くのは決して不思議な話ではありませんでしたが、253年、大きな事件が起きます。

姜維が大将軍に

253年、費いが魏から下って来た武将に刺殺されてしまったのです。するとここで姜維はようやく軍事をに擬します。つまり、ようやく諸葛亮と同じ立場となったのです。
それまで費いは姜維が北伐を提言しても賛成しませんでした。費いとしては、諸葛亮でも成功しなかったのに、諸葛亮よりもはるかに劣る自分たちが北伐を敢行した所で勝利など得られる訳がないと考えていたのです。
いわば費いは姜維にとってブレーキとなっていたのですが、そのブレーキがなくなったのです。これにより、姜維の北伐が始まります。
そもそも姜維にとって北伐のルートは勝手を知っている地元。諸葛亮は土地勘がないために慎重に攻めざるを得ませんでしたが、姜維にとってはどのようなエリアなのか分かっているので、自信もあったのでしょう。
実際、当初は魏に対しても攻勢で魏に大勝利。相手の死者が数万人にも及ぶことがあったとも言われています。しかし徐々に敗北が重なるようになると、北伐そのものに対して疑問を抱かれるようにもなりました。
やがては軍事そのものまで奪われるかのような状況となってしまい、姜維は軍事を握って入るものの、蜀の都である成都に帰れないというおかしな状況となってしまったのです。こちらに関しては姜維の出身地も影響していると言われています。姜維は魏から降りてきたという点を抜きにしても蜀が地元ではありません。ですが蜀の中枢は劉備玄徳に尽き従って蜀に入った者もいれば、元々蜀に居た人間もいたのです。
諸葛亮亡き後、しょうえんや費いがいなくなると元々蜀に居た人間の影響力が強まり、更には姜維の北伐の失敗によって姜維の立場は徐々に危ういものになってしまったのです…。

蜀の滅亡

姜維が成都から孤立する中で、魏が蜀の征伐に向けて動いているとの情報を察知し、成都に対して注意を促したところで賛同する者もなく、援軍要請は無視されます。
剣閣にこもって奮戦していたものの、陰平からの別同部隊が蜀の中枢に侵入。そして結局は蜀は滅亡することになってしまいます。
姜維としては自分自身が戦い、更には注意を知らせたにもかかわらず、別動隊がやってきたことで呆気なく降伏してしまったことに対していろいろと思う部分はあったのかもしれません。ちなみに三国志演義のお話はここで終わりです。
おそらく日本で最も読まれているであろう三国志である横山光輝著の漫画・三国志に於いてもここで終了。
諸葛亮から授かった剣を岩に叩きつけて涙を流す姜維の姿についつい気持ちが揺れ動いた読者も多いのではないでしょうか。横山光輝の三国志に登場する姜維そのものの爽やかさもあり、悲しいラストとなってしまったと感じている人もいるでしょう。
ですが実際には姜維はこの時に既に60歳を超えていました。

三国志演技の後の姜維

三国志演義が蜀の滅亡で終了していますので、その後姜維がどのような生涯を送ったのかはあまり知られていないかもしれません。この際、剣閣にて姜維と戦っていたのは蜀討伐の対象でもある鐘会でした。そして、鐘会の反対を押し入って道なき道を攻めいったのが鄧艾でした。鐘会が鄧艾の作戦に反対していたのは、成功の見込みがないことよりも、むしろ成功されたら自分の手柄ではなくなってしまう点を危惧していたのです。
そうです、鐘会は野心のある人間だったのです。その点を姜維は見抜き、鐘会に対して策を入れ知恵します。
それは、蜀を攻め滅ぼした鄧艾が独断で蜀の整理を始めたのです。本来であればそれらは皇帝が行うものですが、戦の陣中ですので従軍の総大将であった鐘会に報告しなければなりませんでした。ですが無断であれこれ行ったのです。姜維はそこに目を付け、まずは鄧艾を反逆者としてでっち上げたのです。
自分が蜀を握ろうとしていると。魏に反抗しようとしているとの情報を流したのです。
結果、鄧艾は犯罪者として捉えられることになってしまったのです。
打倒蜀を果たした功績者でありつつ、魏に「反乱者」として送られることになってしまったのです。そしてそこで姜維は鐘会をさらに炊きつけ、クーデターを起こしたのです。
姜維とすればこの混乱に乗じて蜀…というよりも劉禅の降伏を「なかったこと」にしたかったのでしょう。ですがこのクーデターは失敗に終わります。鐘会本人はクーデターに対して乗り気であったものの、その部下たちが恐れたのです。結果、クーデターは失敗に終わり、鐘会も姜維も兵士から惨殺されてしまったのです…。

まとめ

姜維が何をしようとしていたのか。それは姜維自身に聞いてみなければ分かりません。鐘会を炊きつけたのも蜀再興であれば忠義の臣としての評価になりますが、一方では人を陥れたのも事実。動乱の時代なだけに、それも仕方ない部分があるとはいえ、結果、姜維の一族まで皆殺しにされてしまったのです。
実際、蜀滅亡は姜維の北伐による疲弊との声もあれば、諸葛亮や鐘会はもちろんですが、鄧艾やさらにはしょうえんなど、姜維を高く評価する声が多いのも事実。姜維の最後はあまり良いものではないかもしれませんが、様々なテーマを投げかけてくれているのではないでしょうか。

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