三国志で内閣を組織してみると、魏はどんな大臣が閣僚になっているか

三国志で内閣を組織してみると、魏はどんな大臣が閣僚になっているか

三国志で一番勢力を築いたのが魏です。曹操(孟徳)が自ら丞相として将軍たちを引っ張り、領土を拡大していきました。もしも現在の日本のように内閣制度があれば、どのような人物が大臣に就いて国土を豊かにしていったのでしょうか。現行の国務大臣や架空の省庁を作って、魏がどれだけ富国強兵に長けているか見ていきましょう。


各大臣と省庁の種類

三国志は領土争いが主流ですので、ここはフィクションとして新設大臣を設けましょう。それには攻撃的な領土拡大計画を練る戦略大臣と軍事力を担う軍務大臣が必要で、その傘下には陸兵庁と海兵庁を作ります。

また、曹操(孟徳)は劉備(玄徳)や孫権(仲謀)と違って、正史では即位していませんが、ここでは皇帝と称して考えていき、大臣を兼任しないことにします。それでは各省庁の内容を見ていきましょう。

総理大臣…これは紛れもなくその国の総裁であり、軍や政治をまとめる大臣であり、曹操(孟徳)の側近を指します。何でもできるのがここでいう、総理となるわけです。

官房長官…総理大臣の側近であり、各省庁の取りまとめを行い、人望もあって次期総裁にもなれる人材を指します。

軍務大臣…軍隊を預かる立場であり、各将軍への指揮系統を任されます。
 陸兵庁…その傘下で陸軍を担当する長官や副長官が存在。
 海兵庁…同じく海軍を担当する長官や副長官が存在。

戦略大臣…国土を拡大する上で戦略を重視し、直接戦場で戦うことはなく、国家の行く末を模索し、情報収集に努めています。

防衛大臣…陸兵庁とは別組織で近衛兵を擁して、皇帝直属の部隊を指揮し、時には留守を任される存在です。

総務大臣…裏方的存在ですが、国の予算を管理し、兵糧や兵力からどれだけの蓄えがあるか計算し、国力を高めていくことを任されています。

農林大臣…農作を施し、林業を伴って穀物を耕して国を豊かにする施策を考えます。また、三国時代に欠かせない酒作りも担当。

法務大臣…法規を司り、裁判を独自で運営していきます。国独自の法典を作ったり、規律が守られているか監視する役目も担っています。

外務大臣…国土を守るために他国の領土へ密約を交わす役目を担います。また、敵国への調略を戦略大臣とともに任されています。

国土交通大臣…道路や橋を建設したり、兵糧を輸送したり、各城主との連携を図るのが主な役目です。

労働大臣…民衆の仕事を斡旋し、働き口を探したり、新しく兵隊になることを望む者を検査する役目を担います。

文部大臣…民衆や兵隊の勉学を司り、学校を管理して学問を奨励していく。

以上の大臣を作り、また国によっては副大臣や副長官や参謀を配していきます。時代背景が違う人物が担当することになりますが、ここでは全員同世代として問題ないことにします。

魏の内閣


史実ではありませんが、曹操を皇帝として即位させると、どうなるでしょうか。大方の予想はつきますが、内閣総理大臣は当然ながらあの男でしょう。

総理大臣…司馬懿(仲達)。これは予想通りというか、司馬懿しかいないでしょうね。後の躍進をみると、まさに総理と呼ぶに相応しい活躍を見せています。

官房長官…荀攸(公達)。優れた智略で魏軍の筆頭軍師でもあった荀攸は、広い視野で総理大臣を補佐し、軍務や政治に明るい知見をもたらすでしょう。

軍務大臣…夏候惇(元譲)。曹操の古参で優れた軍人であり、人望も高いので適任でしょう。

軍務副大臣…トウ艾(士載)。蜀を滅ぼした名将で、夏候惇の補佐を任されても立派にこなせるでしょう。

陸兵庁長官…張遼(文遠)。陸軍の主力といえばやはりこの人物を置いて他にありません。楽進や于禁、徐晃といった歴戦の将をけん引するのが張遼といえます。

海兵庁長官…文聘(仲業)。魏の水軍といえばやはり文聘です。関羽や孫権を破り、蜀呉から領地を守った魏の主力武将です。

戦略大臣…郭嘉(奉孝)。曹操の幕臣で、先見の明という点では郭嘉は優れた能力を持っています。

防衛大臣…典韋。曹操の命を挺して守り抜いた英雄。ボディーガードを兼ねています。

防衛副大臣…許チョ(仲康)。典韋に劣らない曹操の側近として活躍しています。

総務大臣…荀彧(文若)。官房長官と悩みましたが、国力を高める政治力で関しては司馬懿以上の能力を発揮してくれるでしょう。曹操をして最も信頼された幕臣であります。

農林大臣…韓浩(元嗣)。曹操や夏候惇からも信頼され、屯田の大事さを説いた人物。政治だけでなく、軍略にも明るいことで知られ、常に行軍も任されていました。

法務大臣…陳グン(長文)。稀代の政治家であり、各法律を定めてもいました。特に人材登用制度は後の次代にまで参考にされるほどで、曹操から3代に仕えて高い評価を得ています。

外務大臣…賈ク(文和)。曹操の敵として幾度も苦しめた知将であり、配下になってからは参謀として曹丕の代まで活躍しています。敵国への調略や情報収集はスペシャリストといえるでしょう。

国土交通大臣…夏侯淵(妙才)。各城間の輸送や後方支援という部類では曹操存命中に大活躍した武将です。特に兵糧輸送を得意としており、広い視野と高い知性も見せています。

労働大臣…王朗(景興)。曹操や孫策の信頼が厚い政治家です。法律に詳しく、陳グンに勝るとも劣らない政治力を持っています。

文部大臣…杜預(元凱)。学問をよく学び、法律や人事制度にも明るい知識を有している学者です。春秋左慈伝を研究したことでも有名で、軍略にも精通し、総司令官として呉を滅ぼしています。

選考に漏れた人材

軍事力では三国最強といえますが、その中でも優秀な指揮官として夏候惇(元譲)とトウ艾(士載)の名が挙がります。張遼や徐晃といった曹操の時代に活躍した将軍たちもいますが、まだまだ名前が挙がらない強力な武将を擁しているのが特徴的です。例えば魏から晋にかけて活躍した羊コや満寵、縁戚の曹仁に曹洪など多くの武将を擁しています。

また、子息の曹丕は省きますが、司馬昭(子上)や鍾ヨウ(元常)、カク昭(伯道)といった武将たちも名将といえるでしょう。数え上げたらキリが無いのが特徴的です。

最強組閣を率いれるのは曹操のみ

軍事力もありますが、政治力でも驚異的で、司馬懿(仲達)を中心に郭嘉や荀彧に荀攸、賈クといった面々が閣議すれば、蜀の諸葛亮(孔明)や呉の周瑜(公瑾)といえども容易にはいかないことでしょう。

三国筆頭の陣営ですが、もちろんこれだけの人材が集まれば、よほどのカリスマ性がないと扱うことすらできません。これらの人材を指揮し、統括できるのはやはり曹操(孟徳)しかいないでしょう。

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