本当の三国志の世界はろくなリーダーがいなかったという驚愕の事実

本当の三国志の世界はろくなリーダーがいなかったという驚愕の事実

三国志の世界には当然リーダー格となる人物がたくさん登場しますが、英雄と呼ばれている人物でも史実をたどればとんでもないミスをやらかしてしまうなどしています。今回は、そんな三国志の本当の世界を辿り、どんなミスがあったかなどを追及していこうと思います。


感情に任せて暴走する劉備(玄徳)

感情に任せて暴走する劉備(玄徳)

感情に任せて暴走する劉備(玄徳)

三国志の世界でも英雄という扱いを受けている劉備(玄徳)ですが、その生涯の中での一番のミスといえば呉に対する復讐戦ではないでしょうか?皆さんもご存知の通り、義兄弟である関羽雲長が呂蒙子明に捕らえられ、命を落としてしまったことがキッカケで劉備(玄徳)が感情的になり、呉に対する復讐戦を仕掛けて失敗したということがありました。

それまでは冷静だった劉備(玄徳)がこの時ばかりは感情的になり、無理な進軍を試みたばかりに多くの配下を巻き込み、自身も命を落とすというミスをしてしまったのです。リーダーたるもの冷静さを欠いてはいけない、感情的になりすぎてはいけないということを改めて感じさせてくれる出来事ですね。

また、部下の張飛翼徳がそのまた部下たちによって殺されてしまうという事態が起きてしまいます。その理由というのが長年に渡って張飛翼徳が部下を自身の権力を盾にイジメてきたことが理由でした。劉備(玄徳)は部下のそうしたパワハラのようなことを見過ごしてきてしまってたということは部下の管理も出来ていなかったとみられてもおかしくはありませんね。

それから劉備は子育てにもどうやら失敗しているようです。嫡男である劉禅はお金持ち特有のドラ息子に育ってしまいました。諸葛亮孔明が亡くなると魏が攻め込んできた際に戦いもせずにあっさりと自国を明け渡すといったダメ息子ぶりを発揮します。しかも、後に生涯遊んで暮らすといった自堕落ぶりだったようです。

そんなところから劉備(玄徳)は厳格な父親というイメージからは程遠く、息子に甘いダメな父親であることがわかります。弱い人間の立場がわかるからこそ優しいのであろう劉備(玄徳)ですが、優しさは時として人をダメにするとよくわかる瞬間でした。性格が良いというのもほどほどにしないとダメですね。

鬼才過ぎるが故に若い芽を無意識に摘んでしまう諸葛亮孔明

鬼才過ぎるが故に若い芽を無意識に摘んでしまう諸葛亮孔明

鬼才過ぎるが故に若い芽を無意識に摘んでしまう諸葛亮孔明

諸葛亮孔明が鬼才だということは紛れもない事実ですが、リーダーとしては失格でした。その理由はいかにも諸葛亮孔明らしいものでした。諸葛亮孔明のした失敗とは優秀すぎるが故に部下に仕事を与えなかったということだったのです。

リーダーとしてやらなければならないことの中に部下を育てる、後継者を育成するということがありますが、部下を育てるには実際に色々な仕事を与えて失敗をさせなければなりません。ただ、諸葛亮孔明はなんでも自分でやりたがる性格だったがために優秀になるはずであった部下の芽を摘んでしまいました。

確かに人に頼むということはあてにならないことも多いので自分でしたくなる気持ちもわかりますが、そこを我慢してでも人を育てなければ信頼できる部下に恵まれず自身が亡くなったあとは国を滅ぼしてしまうことになりかねないことに気づくべきでした。

調子に乗りすぎ!?自意識過剰な曹操孟徳

調子に乗りすぎ!?自意識過剰な曹操孟徳

調子に乗りすぎ!?自意識過剰な曹操孟徳

人間は失敗や挫折を経験して学ぶものです。負けることを知らなければ真の勝利はないということですが、曹操孟徳の場合は失敗や挫折を味わう機会が少なかったがためにハッキリ言えば天狗になっていました。そんな自意識過剰な曹操孟徳は彼らしい失敗をしてしまいます。

曹操孟徳が大敗してしまった戦いを皆さんはご存知でしょうか?ご存知ない方もなんとなくは聞いたことがあるとは思いますが、その戦いとは赤壁の戦いでした。赤壁の戦いでは諸葛亮孔明が火や風を使った作戦を用いたという認識が広まっていますが、これはフィクションで実際には疫病によって多くの兵が亡くなったために負けたと言われています。

曹操孟徳の参謀であった賈詡はこの疫病が風土病であったことを知っていたがために曹操孟徳に対して呉進攻には3年をかけて様子見すべきと助言しました。しかし、それまでに負け知らずだった相曽孟徳は士気が高まっている今こそ好機と参謀の判断を聞き入れませんでした。その結果、とんでもない大敗となったのです。猿も木から落ちるとはこのことでしょう。

人の好き嫌いをしてしまう袁紹

人の好き嫌いをしてしまう袁紹

人の好き嫌いをしてしまう袁紹

袁紹といえば、日本でいう足利のように名門の生まれでお金持ちだったわけなので、かなり慕われていましたが袁紹にも弱点がありました。それはよくありがちですが、袁紹は人を好き嫌いしてしまう性格だったのです。これはリーダーとしてはいけませんね。

なので自分とは違った考えを持つ相手に対して相手にしないといったことが平気でありました。逆に自分と考え方が似ていたり、自分にゴマをすってくれる部下のことは大事にしました。お気に入りがいるということは悪いことではありませんが、考え方の違う部下の話してこそのリーダーの器なので好き嫌いをしてしまう袁紹は意外と子供っぽいのかもしれませんね。

そんな袁紹なので部下の心も離れてしまいます。例えば配下にいた張郃は魏と戦った際に袁紹に戦いに関する進言をしますが、聞き入れられず袁紹が優柔不断なために負けてしまうということがありました。ただこの際に袁紹のお気に入りだった別の武将が張郃が敗北を喜んでいるなどといった根も葉もない噂を流します。

そして自分のお気に入りの根も葉もない噂を信じて自分の進言を聞いてくれない袁紹に対して張郃は不信感が募り、ついには敵であったはずの曹操孟徳に寝返ってしまいました。張郃は曹操に寝返った後、数々の戦で功績を残し活躍します。袁紹は好き嫌いがすぎたあまりに優秀な部下に裏切らせてしまったのです。本当に好き嫌いはいけません。

袁紹はその後もこれに懲りることなく好き嫌いを続けた結果、一度も曹操孟徳を倒すことができずにその生涯を終えます。自分にゴマをする部下が有能とは限らずなので、たとえ自分にゴマをすれない部下でも能力をかって大事にすることができていればよかったのにと思ってしまいますね。

まとめ

まとめ

まとめ

今回は実は三国志の世界を生きた英雄と呼ばれる人たちはダメなリーダーだったという名目で紹介してきましたがいかがでしたでしょうか?リーダーとはいえ人間なので実際は失敗もするでしょうしダメでも仕方ないような気はしますが、できるだけ完璧で慕われるリーダーであってほしいですよね。

この記事では紹介できませんでしたが、三国志の世界には他にもダメなリーダーや失敗をやらかしたリーダーは大勢います。史実を調べていくといろんなエピソードが出てくると思うので気になった方は調べてみると良いかもしれません。後世に生きている私たちはそういった歴史上の人物の失敗を教訓にして学ぶことができるのでそういう風に活用したら良いのかと思います。ちなみに日本で天下を統一した徳川家康はまさに先人から学ぶという方だったそうですよ。最後まで読んでくださってありがとうございました。


この記事の三国志ライター

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