曹操(孟徳)を寝込ませてしまった左慈(元放)仙人の奇妙な話

曹操(孟徳)を寝込ませてしまった左慈(元放)仙人の奇妙な話

漢中平定を成し遂げ、さらに大乱戦の末、降伏には至らなかったものの呉に毎年貢物を献上させることを約束させた曹操(孟徳)は、216年に魏王を名乗ります。献帝が健在であるにも関わらず、その勢力はまさに日の出。いよいよ益州(蜀)を攻略すれば天下統一も目前…というところまで来ました。しかし、そんな曹操(孟徳)の前に奇妙な人物が現れ、次々に不思議な出来事が起こります。曹操(孟徳)にとっては吉兆かはたまた凶兆か…見て行きましょう。


仙術? 妖術? 奇術? 奇怪な老人左慈(元放)

魏王を名乗った曹操(孟徳)は、豪華絢爛な魏王宮を建設しました。そして、落成の祝いに中国各地から名産品を献上するように命じます。呉からは美味と名高い温州の蜜柑が届けられましたが…曹操(孟徳)がその蜜柑の皮をむくと…何と中身がありません!

一見、普通の蜜柑です。何も変わった様子はありません。でも中身がない。腹を立てた曹操(孟徳)は、責任者を呼び出します。しかし、温州からの道中変わった事件もない。何が何だか分からない始末。そんなところに左慈(元放)が現れます。彼は「曹操(孟徳)の同郷の友である」と名乗って堂々と魏王宮に入ってきたのでした。

左慈(元放)は温州蜜柑を見るなり「おいしそうですなぁ。ひとついただいてもよろしいかな?」と言って蜜柑を食べ始めます。驚いたことに左慈(元放)が手に取る蜜柑には中身があるのです!いよいよ訳が分からない曹操(孟徳)。「おまえ(左慈)は仙術でも使うのか?」と問いただすと。左慈(元放)は答えます「さよう。峨眉山中に入って学ぶ事30年。ようやく仙術を悟ることができたのじゃ。」と。

劉備(玄徳)を支持する左慈(元放)を投獄、拷問 でも苦しまない

左慈(元放)は曹操(孟徳)を仙術の世界に招くために魏王宮に来たとのこと。世の位人臣を極めた曹操(孟徳)にとってこれ以上のもの欲することは、天に背くことになると戒めます。曹操(孟徳)もまんざらではではありません。しかし、天下はまだ治まっておらず、自分(曹操)にはまだやる事が残っていると左慈(元放)の誘いを退けます。

そして、次の左慈(元放)の一言で曹操(孟徳)の態度は一変します。

「天下のことは劉備(玄徳)に任せておけばよい。彼(劉備)は今や蜀を治め、人民も彼(劉備)に心を寄せ始めている」

曹操(孟徳)は左慈(元放)が劉備(玄徳)の回し者であると強く疑い「百叩きの計」に処し投獄してしまいます。

しかし、左慈(元放)は百叩きされても笑っているだけ、飲まず食わずで7日間投獄されますが、衰えるどころか日を追うごとに血色が良くなる有様…。

左慈(元放)の仙術 曹操(孟徳)を不安に陥れる

魏王宮落成の日。豪華絢爛な宴が催されました。宴もたけなわの頃、曹操(孟徳)の前に左慈(元放)が現れます。どうやって牢獄から抜け出したのか…。しかし、曹操(孟徳)はそんなことはお構いなしに言います。

「招かれざる客め。汝(左慈)は今日の宴に何を献じに来たのだ!」

左慈(元放)はこう答えます。

「このような大宴会に花がないのは寂しい。私は花を献じましょう。」と言って腕をサッと振るや否や傍にあった壺に見事な花が現れました。そしてさらに「大王(曹操)には不老不死の酒を献じます」と言って曹操(孟徳)の盃に酒を注ぎます。そして「私が毒見いたします」と言って「パチッ」と指を鳴らすと…盃の中の酒がパックリと半分に分かれています!それを半分だけ飲む左慈(元放)…盃の中にはハサミで切ったかのような「半分の酒」が形を崩さずに残っている…。

「こんな気持ち悪い酒が飲めるか!」

曹操(孟徳)は怒って盃を床に叩きつけます。すると叩きつけた盃から煙が立ち上り鶴が飛び立ちました。左慈(元放)の姿も見えません。

その時、曹操(孟徳)が真っ先に感じたことは「不安」でした。左慈(元放)が姿をくらまし、魏国内で仙術によって人心を惑わし「劉備(玄徳)こそ天下を統一するにふさわしい」などと扇動されるようなことがあっては一大事である!

曹操(孟徳)は部下に命じ、左慈(元放)を大捜索させます。

左慈(元放)の大捜索 見つかっても捕まらない

大捜索が行われる中、とある捜索隊が左慈(元放)を見つけます。ここぞとばかりに捕らえようとしますが、なかなか左慈(元放)に追いつけません。おかしな話です。左慈(元放)は歩いています。捜索隊は馬を走らせて追い掛けています…なのに全く追い付く事ができず、遂には見失ってしまいます。

次に曹操(孟徳)は「人相書き」を手配します。国中のあちこちに左慈(元放)の人相書きを張り出しました。すると今度は大成功!見事に左慈(元放)を捕えたのです!!

喜び勇んだ曹操(孟徳)の下に、またまたおかしな報告が入りました。

既に捕らえたはずの左慈(元放)が、また別の場所でも捕らえられたと言うのです。「左慈(元放)逮捕」の報告はその後も次々となされ、捕らえられた左慈(元放)の人数は数百人に達してしまいました。

数百人の左慈(元放)を打ち首 でも死なない 倒れる曹操(孟徳)

捕らえられた数百人の左慈(元放)。ややパニック状態の曹操(孟徳)は全員を打ち首に処してしまいます。その光景や惨たるものです。しかし、処刑が終わった後、どこからともなく一筋の煙が立ち上り、煙の中から鶴に乗った左慈(元放)が現れます。笑いながら上空を飛んでいます。曹操(孟徳)は部下に命じ矢で攻撃させますが、矢は左慈(元放)に届きません。

そして、今度は左慈(元放)がザッと手を振ると、たちまち周囲が暗くなり、大風が吹き荒れ始めました。その風は弱まる事なくどんどん強まって行きます。遂には人が立っていられなくなるほどになります。そして次の瞬間、信じられない光景が曹操(孟徳)の前に繰り広げられます。

打ち首になって地に落ちた数百人の左慈(元放)の頭がゴロゴロと転がりはじめ、何と元の首に戻ってしまったのです!首が元に戻り立ち上がって小踊りを始める数百人の左慈(元放)…。

「よいしょっと」「あーこりゃこりゃ」

小躍りしながら一列に並び、どことなく立ち去ってしまった数百人の左慈(元放)。鶴に乗って上空を飛んでいた左慈(元放)もいつのまにかいなくなっていました。

こうなると、もはや妖術。

「気分がすぐれぬ」

そう言って曹操(孟徳)は倒れ込み、病床に伏せてしまいました。

まとめ

左慈(元放)の仙術の真偽については、知る由もありません。しかし、長く語り継がれているところから考えると、少なくとも、この時期(魏王即位)に曹操(孟徳)を強く動揺させた人物であることは確かなのでしょう。物語の中では劉備(玄徳)を支持し、曹操(孟徳)に敵対ばかりしていますが、結果的に実害を加えた訳でもありません。

曹操(孟徳)と同郷の左慈(元放)は、心の中で実は彼(曹操)を支持し、一代にしての中国統一が現実味を帯びて来た時期に「戒め」として曹操(孟徳)の前に現れたのかも知れません。

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