個人的に好きな三国志ベストバウト!

個人的に好きな三国志ベストバウト!

三国志には実に多くの一騎打ちがあり、それにより戦局が大きく変わるという事が多々ありました。また一騎打ちを行うことで相手に脅威を与えることができ、さらには下の者「士気を上げる」ことにも役立っていました。ここではそんな一騎打ちにまつわる話を紹介したいと思います。


個人的に好きなベストバウト第6位 関羽(雲長)vs華雄

この戦いは劉備(玄徳)がまだ世間に認識されていないころに起きました。董卓軍対反董卓連合で董卓軍の先鋒を任されていた華雄は連戦連勝を重ねていました。華雄の勢いを止めることができない反董卓連合は慌てふためきましたが、ここで腰を上げたのが関羽(雲長)です。
味方からすらも「誰だお前?」と言われる中、関羽(雲長)は「俺が行く」と言って出ていきました。
結果は関羽(雲長)の圧勝です。しかもこの戦いにはまだ続きがあり、関羽(雲長)が華雄の首を取った後反董卓連合陣営に戻った際、景気づけに渡された酒がまだ温かかったというエピソードがあります。
もちろんこれは大げさでしょうが、要は「華雄は関羽(雲長)の相手ではなかった」という事を強調したかったのでしょう。それほど関羽(雲長)の凄さを見せつける戦いでした。

個人的に好きなベストバウト第5位 甘寧(興覇)vs楽進(文謙)

この戦いはいわば孫権(仲謀)の秘蔵っ子甘寧(興覇)VS曹操軍の切り込み隊長楽進(文謙)という感じです。どちらも国になくてはならない存在の二人で主君から寵愛されていました。
甘寧(興覇)は孫権(仲謀)からしてみたら呂蒙(子明)と共に次世代を担う存在であってほしかったと願っていた人物です。一方楽進(文謙)は常に先陣を斬って曹操軍の士気を上げていました。
結果は甘寧(興覇)の矢が楽進(文謙)に刺さり勝利したわけですが、この二人の勝負を分けたのは「悪知恵の差」だったのではないかと思います。
楽進(文謙)は実直タイプで日々精進してきた武人であるのに対し甘寧(興覇)は勝つためには手段を択ばないというタイプの元賊です。生き死にを賭けた戦いでの経験の差が出たのだと思っています。

個人的に好きなベストバウト第4位 馬超(猛起)vs張飛(翼徳)

まず馬超(猛起)vs張飛(翼徳)という文字を見て「あれ?」と思った人は三国志通だと思います。この二人はどちらも劉備(玄徳)に仕える者たちだからです。しかし張飛(翼徳)が馬超(猛起)よりも劉備(玄徳)の家臣になった方が早かったため二人の対戦は実現しました。二人の実力は拮抗していて何度対戦してもお互いがお互いを討つことはできませんでした。
一度は劉備(玄徳)にたてついた馬超(孟起)でしたが、彼の本当の敵は彼の一族を殺した曹操(孟徳)でした。
劉備(玄徳)は願ってもない形で馬超(孟起)を味方につけるわけですが、いきなり張飛(翼徳)クラスの一騎当千将軍が来たら曹操(孟徳)も気が気ではなかったでしょう。

個人的に好きなベストバウト第3位 張合(儁乂)vs趙雲(子龍)

趙雲(子龍)はあまり三国志を知らないという人でも超がつくほど有名な将軍で、彼のファンはものすごく多いです。彼の凄いところは強いところはもちろん人格に優れていて、何より忠誠心の塊と言ってもいいほどの人物でした。
劉備(玄徳)にとって何でも聞くいい家臣だったという事はもちろんのこと、あとから仲間に加わった諸葛亮(孔明)から見ても扱いやすい将軍でまさに非の打ちどころがなかったという将軍です。
一方張合(儁乂)はと言えばある程度の三国志ファンでないと知らないといったところでしょう。張合(儁乂)を知る人から見たら「強いのに何でこんなに知名度が低いのだろう」という感じなのですが、これは彼の損する性質にあると思います。
張合(儁乂)は間違いなく武力に富んだ名将で一騎打ちをしたら彼に勝てる者は10人もいなかったでしょう。しかしなぜそんなに知名度が高くないのか。この答えはずばり「あまり勝っていない」という事にあります。勝っていないので目立たないのですが、そのからくりは超強敵と戦うことが多いからという事につきます。
彼の一騎打ちの相手は趙雲(子龍)、馬超(孟起)、張飛(翼徳)、黄忠(漢升)と言った化け物ぞろいです。その中でも最大のライバルはやはり趙雲(子龍)で互角の勝負を繰り広げていました。

個人的に好きなベストバウト第2位 李傕(稚然)vs郭汜

地味というかマニアックというか、あまり選ばれなそうな戦いなのですが、私はこの戦いこそ三国志において重要な意味を成していると思っています。
二人は董卓軍の将軍でしたが、呂布(奉先)のクーデターによりいきなり軍をまとめなければいけなくなりました。
実力があり、気心が知れた中でしたが、あまりにも実力が拮抗してしまっていたためどちらが頭になるという事もなくいがみ合っていました。
二人の争いは、親が死んだ後の跡継ぎ争い以上に加熱し、同じ軍であるにもかかわらず戦争が勃発してしまいました。
最終的には仲裁が入り引き分けとなりましたが、部下としては「なんでこんな奴についているんだろう」と思ったことでしょう。

個人的に好きなベストバウト第1位 孫策(伯符)vs太史慈(子義)

三国志において私が一番好きなベストバウトはやはり孫策(伯符)vs太史慈(子義)です。孫策(伯符)は君主のため負けたら何もかも終わりという状況。そんな状況の中超難敵である太史慈(子義)と戦ってしまうのです。
この二人の戦いは互角でまさに実力伯仲と言ったところでした。二人の勝負に決着はつくことはありませんでしたが、凄かったのはそのあとの話です。
その後太史慈(子義)は孫策軍に捉えられてしまうのですが、お互い相手のことを覚えていて孫策(伯符)は太史慈(子義)に自分の家臣になれというのです。
一方太史慈(子義)は「なぜ自分を殺さない?」と孫策(伯符)問いました。すると孫策(伯符)は「逆の立場でもお前は同じことをした」というのです。戦ったからこそ分かる二人の絆が最高だと思い、この戦いが1番だと思いました。
ちなみに孫策(伯符)は早死にしてしまう為弟の孫権(仲謀)が君主となってしまうのですが、太史慈(子義)は孫権(仲謀)を支える、呉にとってなくてはならない将軍となりました。

まとめ

私の好きなベストバウトを紹介しましたがいかがでしたか?ちょっとマニアックなものが多かったきらいもありますが、個人的に好きなので紹介しました。
皆さんも好きな一騎打ちについて熱く語ってみてください。そこから派生して三国志をより深く知ることができると思います。

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