関羽・麦城に散る~義将の最期と孫権の裏切り

関羽・麦城に散る~義将の最期と孫権の裏切り

219年、関羽は北伐中に孫権の裏切りに遭い、荊州を失陥。麦城に追い込まれたが、援軍は届かず、脱出を試みるも捕縛される。孫権は処刑を決断し、関羽は義を貫いて散った。その死は劉備の復讐戦(夷陵の戦い)を招き、後世では「忠義の神」として信仰される。孤高の英雄の最期を描く三国志屈指の悲劇。


栄光の頂点と、微かなる不安の風

栄光の頂点と、微かなる不安の風

栄光の頂点と、微かなる不安の風

219年、関羽は中原の空を見上げていた。
空は高く、風は凛として、これから起こる戦の運命すら予兆しているかのようだった。

――今こそ、兄者の夢を叶える時。

劉備の北伐計画の一翼を担い、関羽は大軍を率いて樊城を包囲した。
水攻めをもって于禁の七軍を沈め、龐徳を討ち、敵軍の大将を捕えるという離れ業を見せた。

その威風堂々たる姿は、まさに「義将・関羽」そのものであり、彼がまたがる赤兎馬の蹄音は、天下に響いていた。

だが、その心の奥には、かすかな違和感が芽生えていた。

「呉の動きが……鈍い。援軍の報せも、なぜ遅い……?」

孫権は盟友であったはずだ。だが、同盟の綻びは、誰よりも関羽が敏感に感じ取っていた。

それでも、彼は退かなかった。
なぜなら、義とは、疑ってはならぬ信に支えられるものだから。

背後の崩壊、そして裏切り

背後の崩壊、そして裏切り

背後の崩壊、そして裏切り

その夜、関羽の陣にひとりの斥候が駆け込んできた。
「江陵が……落ちました!」

「……なに?」

その声は震えていた。呂蒙の手下が変装し、商人になりすまして江陵へ潜入。
守備兵は油断し、一夜にして城門を明けてしまったという。

「傅士仁、糜芳が……呉に降りました」

「降った、だと……?」

関羽の拳が震え、血がにじむほど握りしめられた。
あの糜芳は、義兄・劉備の義弟である自分が信じて任せた者だった。

「義を……捨てたか……!」

心の中で、何かが崩れる音がした。
だが、関羽はそれを顔に出すことなく、ただ兵たちに告げた。

「荊州を奪われたか。ならば……なおのこと、我が義を貫く時よ!」

麦城、静かなる決意

麦城、静かなる決意

麦城、静かなる決意

かつて万を超えた兵がいた。
だが、呉と魏の挟撃によって関羽軍は崩壊し、わずか数百の兵を連れてたどり着いた先が――麦城であった。

「ここを最後の砦とする」

この小さな城で、関羽は戦う決意を固めた。

関平、趙累、そして残った兵たちが、関羽の言葉を信じ、命を懸ける覚悟を決める。
援軍の望みは薄い。孟達は動かず、張飛も、遠すぎた。

雪がしんしんと降る夜、関羽は部下たちを集め、酒を注いだ。

「この身、もはや義のためにある。
 たとえこの城が落ちようとも、義を貫いて死ぬならば、本望じゃ」

火を囲む兵たちは静かにうなずいた。
誰もが知っていた。この夜が最後であることを。

決死の脱出、運命の伏兵

決死の脱出、運命の伏兵

決死の脱出、運命の伏兵

翌朝、関羽はついに麦城を出る。
彼は信じていた。兄・劉備のもとへ戻り、再び義の旗を掲げる日を――。

だが、彼を待ち受けていたのは、潘璋の伏兵であった。呉の将・馬忠が前に立ちふさがる。

「関羽! 降伏せよ! 命は助けてやる!」

関羽は馬上から静かに言い返した。

「我は漢の将なり。賊軍に膝などつかぬ……!」

言葉と同時に青龍偃月刀が唸りを上げる。
関羽は数人の兵を斬り伏せ、まさに神速の如き動きで突破を試みた。

だが、兵は疲れ、関平も傷つき、趙累は矢に倒れた。
そして、赤兎馬までもが傷を負い、ついに足を止める。

それは、すべてが終わった瞬間だった。

関羽は剣を折られ、縛につながれた。

裁きと静かな別れ

裁きと静かな別れ

裁きと静かな別れ

関羽は、呉の都へと連行された。
その威風はすでにない。だが、その眼差しには、なお義の光が宿っていた。

孫権はその姿を前に、沈黙した。

「この男……ただの武人ではない。生かしておけば、いずれ我が脅威となろう」

家臣たちの声は冷酷だった。

「処刑を……」

孫権は迷った。だが、ついに決断した。

――義は、国家の前に無力なものなのか?

その日、関羽は空を見上げた。
凍えるような曇天の下、彼は最後に目を閉じる。

その胸に浮かんだのは、桃園で誓った言葉だった。

「生まれた日は違えど、死すときは同じと願わん……」

そして、関羽は斬られた。

神格化された忠義の終焉

神格化された忠義の終焉

神格化された忠義の終焉

関羽の首は、呉から曹操のもとへ送られた。
それは、あまりに重く、あまりに痛ましい贈り物だった。

曹操はその首を見つめ、静かに涙を流したという。

「雲長よ……なぜ、ここまでして……」

彼は、関羽を「忠義の士」として手厚く葬り、自らの廟にその名を刻ませたとも伝えられる。

一方、劉備は深い悲しみに暮れた。

「弟の仇を……許すものか!」

この憤怒が、後の「夷陵の戦い」へと火をつけることになる。

義の魂は死なず

義の魂は死なず

義の魂は死なず

関羽の生き様は、まさに「義」の化身であった。

彼は、時代の流れに抗いながらも、信じる者のために戦い、裏切られてもなお、義を捨てなかった。

武の名声を誇る者は数多くいても、義を貫き通して死ぬ者は、そうはいない。

やがて、関羽は「関帝」として祀られ、武神として各地の廟に祀られることとなった。
その像は今も人々の前に立ち、忠義とは何かを静かに語っている。

現代に響く義の声

現代に響く義の声

現代に響く義の声

関羽の最期は、単なる敗北ではない。
それは、「信念とは何か」「絆とは何か」を今なお私たちに問いかける、普遍的な物語である。

敵にも敬意を持たれ、友にも忘れられず、後世に名を残したその姿――

「義の人・関羽」は、時を超えて、今も私たちの心に生きている。





この記事の三国志ライター

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