① 夏候惇(かこうとん)
■ ① 夏候惇(かこうとん)
① 夏候惇(かこうとん)
夏候惇は曹操のいとこにして魏の前線総司令官というポジションを与えられていました。曹操の側近ナンバーワンで曹操が死んだ後曹丕が即位すると大将軍に命じられたが数か月後には曹操の後を追うように他界した人物です。
そんな夏候惇は呂布との戦いで左目に矢が刺さり独眼竜となってしまいました。勇猛果敢で政治的能力もあり、さらには日照りと虫による害で苦しんでいる農民を見て自らもっこを担いで堤防を作り、兵を率いて田植えをするなど庶民から慕われる将軍でした。その反面猛々しく14の頃に師を辱めたものを殺しました。
優しいけどキレるとやばいタイプかもしれません。
② 馬超(ばちょう)
■ ② 馬超(ばちょう)
② 馬超(ばちょう)
チベット系遊牧民・姜族の血を引く猛将。武勇に優れ曹操でも調教できなかったため馬超には強く命じることができなかった。
文武共に優れていた人物で、馬超の軍勢を見ただけで相手が震え上がるほどの驚異を兼ねそろえていたくらいです。韓遂と同盟し曹操を討とうとするも韓遂との仲を引き裂かれおまけに家族を皆殺しにされるといった悲運さもあります。劉備(玄徳)を頼った馬超は喜んで迎え入れられました。その後は劉備(玄徳)に忠誠を誓いますが、劉備(玄徳)より一年早く先立ってしまいました。
超出来たエリートですが頑固っぽい一面があるタイプかもしれません。
③ 賈詡(かく)
■ ③ 賈詡(かく)
③ 賈詡(かく)
賈詡は曹操に仕えた魏の参謀です。超切れ者で曹操に使える前は董卓などに仕え逆に曹操に敗北を味合わせていた立場でもあります。次第に実用的な仕事はしなくなったが賈詡の進言は重用されました。
曹操から後継者問題で曹丕と曹植のどちらがいいか問われた際表立った主張はせず、庶子が後継者になる難しさを説いただけだった。このように決して前に出ようとしない、それでいて助言はしっかり行うという策略家が賈詡です。世渡り上手ともとれるし安全パイを取るとも言える賈詡はこの時代で77まで生き延びました。主をコロコロ変え、思いのまま生きた策略家です。
彼氏にしたら幸せな生活を送れる反面緻密な計算で使われてしまうかもしれませんね。
④ 黄蓋(こうがい)
■ ④ 黄蓋(こうがい)
④ 黄蓋(こうがい)
地味で忠誠心に富んでいる武将が多い呉の中でもとりわけ忠誠心が強いのが黄蓋です。
黄蓋は幼くして父を亡くしますがその中でも大志を抱きます。稽古と兵法の習得に貪欲で民や兵士も黄蓋になついたと言われています。
黄蓋が世に知られたのは赤壁の戦いです。周瑜と綿密に打ち合わせた「苦肉の計」を駆使し曹操を欺かせました。黄蓋の活躍により見事赤壁の戦いの勝利に大きく貢献させます。それにより孫権や周瑜から信頼を得た黄蓋はかわいがられ重用されることとなります。逆に黄蓋は彼らに忠誠を誓い、呉を率いるまでの武将となりました。
誠実で努力家の黄蓋を彼氏にしたらきっと大切にしてもらえますが、仕事優先になるかもしれません。
⑤ 魯粛(ろしゅく)
■ ⑤ 魯粛(ろしゅく)
⑤ 魯粛(ろしゅく)
戦略においてというより調停において力を発揮したのが魯粛です。呉の武将と言ったら真っ先に思い浮かべられるのが戦略家である周瑜でしょうが、魯粛も同等の力を持っていたという声も少なくありません。そして他の国ならこういった二人はいがみ合うところでしょうが、呉の場合は二人がうまく力を合わせるのです。二人が孫権を補佐したため呉がここまで大きくなったと言っても過言ではないでしょう。とは言え上記で挙げたように周瑜ほど魯粛は脚光を浴びていません。領地拡大を示唆した周瑜に対し魯粛は呉蜀同盟を提案する慎重派だったからでしょう。
魯粛を彼氏にしたら尊重されいがみ合うことが少ないと思いますが、優柔不断かもしれません。
⑥ 趙雲(ちょううん)
■ ⑥ 趙雲(ちょううん)
⑥ 趙雲(ちょううん)
趙雲は五虎将軍の一人として劉備(玄徳)に仕え、長く蜀の将軍としてその実力をいかんなく発揮した将軍です。将軍としての力は強く渋みの強い趙雲は関羽や張飛のように派手さが武器というよりは「自分の持ち場をしっかり守る」と言ったような堅実的な将軍だったと言えます。日本では関羽、張飛より趙雲の知名度はありませんが自分の役割を淡々とこなす趙雲は日本人受けはよさそうです。長身だが目が大きく眉が濃く、広々とした顔であごが重なっているという記述があることからあまりルックスに優れないのかなという感じがします。
堅実で人望があるがルックスはいまいちな彼氏と言えるかもしれません。
⑦ 鄧芝(とうし)
■ ⑦ 鄧芝(とうし)
⑦ 鄧芝(とうし)
鄧芝は劉備(玄徳)に仕えた行政官・政治家・武将です。厳格に統治を行い、治績を上げることに成功しました。また呉蜀同盟の際には和平に反対だった孫権を改心させ見事同盟を結ばせました。孫権からは高評価を受け何度か手紙や贈り物があったと言われている。
兵卒らをねぎらう清廉な人物だったが、自らは非常に質素倹約に努め私腹を肥やすということはありませんでした。それどころか妻子にひもじい思いまでさせ財産を残すということもしませんでした。飾り気のない性格ではあったが人付き合いはうまくない、それでも民から愛された不器用な男と言えるでしょう。
仕事ができて部下から愛されるけど話ベタ。付き合ったらケチという彼氏かもしれません。
⑧ 李傕(りかく)
■ ⑧ 李傕(りかく)
⑧ 李傕(りかく)
李傕は董卓に仕えた武将で、三国志史上最も悪名高いのではないかと言われている董卓よりも残虐な面があると言われています。特に幼いころから共に戦っている郭汜(かくし)とのコンビは最悪で、男は殺し、女は誘拐するという行為を繰り返していた。そのため彼らの通ったところは命を永らえた者はいなかったと言われたくらいである。
悪名名高い李傕だがいつも巫女を侍らせて写真を祭っていたとされています。さらに巫女には褒美を与えていたため横暴だけどどこかビビりでかわいげのあるやつだったのかもしれません。
評判が悪く声を荒げるけどコロッと優しくしてくれたりサプライズをくれたり、そんな彼氏になるかもしれませんね。
まとめ
■ まとめ
まとめ
素敵な彼氏を作りたい。だけど完璧な男なんてこの世にいない。そんな人物像を三国志の武将で例えてみました。劉備(玄徳)や曹操、関羽、張飛、孔明などは幅広く知られていて先入観がある分アドバンテージがあると思いあえて外しました。
一長一短のある武将の誰を彼氏にしたいのか妄想し、三国志について少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。私的な発想も結構あるので完璧正しいとも言えませんが……