三国志の時代にはお酒があった?酒宴でのエピソード紹介!

三国志の時代にはお酒があった?酒宴でのエピソード紹介!

三国志の世界では、たびたび酒宴の描写があります。そこで気になるのが、三国志の時代にはお酒があったのかです。時代的に三国志は、180年~280年頃の話となっており、本当にお酒があったのか疑問に思うでしょう。そこで今回は、三国志とお酒について紹介していきたいと思います。


1.三国志の時代のお酒!

1.三国志の時代のお酒!

1.三国志の時代のお酒!

三国志の時代にもお酒はある!

三国志の時代にもお酒はある!

三国志の時代にもお酒はある!

まず疑問点である三国志の時代にお酒はあったのかだが、単刀直入に三国志の時代にはすでにお酒が存在していたとされています。実は、中国のお酒の歴史は相当古いのです。なぜなら、中国は世界で最も早くお酒の醸造が始まった国とされており、約7千年も前からお酒が造られていたされているのです。また、歴史書である「史記」によると、夏の初代国王の時代にお酒が発明されたと記されています。いずれにしても、中国のお酒に関する歴史は古く、三国志の時代にお酒は確実に存在していたのです。

どんなお酒だったの?

どんなお酒だったの?

どんなお酒だったの?

三国志の時代にも、お酒があったことはわかったと思います。そうなると気になるのが、どんなお酒があったのかではないでしょうか。三国志の時代には、『事酒(じしゅ)』『昔酒(せきしゅ)』『清酒(せいしゅ)』の3種類のお酒があったとされています。事酒は、どぶろくをイメージするのが一番近いです。また、事酒を発酵させたものを昔酒とされており、アルコール度数が上がります。さらに、昔酒をもっと発酵させたのが清酒です。とは言え、現代に比べれば、蒸留酒を造る技術が圧倒的に劣っています。そのため、アルコール度数はあまり高くなかったとされているのです。

2.三国志のお酒関係でのエピソード

2.三国志のお酒関係でのエピソード

2.三国志のお酒関係でのエピソード

酒飲みと言えば張飛

酒飲みと言えば張飛

酒飲みと言えば張飛

お酒関係のエピソードと言えば、張飛が真っ先に思い浮かぶと思います。劉備(玄徳)や関羽と義兄弟の張飛ですが、大酒飲みのイメージが強い武将でもあります。張飛は、お酒で失敗したエピソードをたくさん持っているのです。なかでも有名なのが、劉備(玄徳)らが袁術討伐に打って出た際に、徐州の留守を任された後のエピソードです。

劉備(玄徳)は張飛の酒癖の悪さを知っており、張飛に留守を任せるのを渋るのですが、張飛は「お酒を辞めるから」と懇願するため、城の守りを任せることにします。義兄弟との約束から張飛はお酒を飲まずに城を守っていました。しかし、部下たちを労う必要もあると考えて、部下にお酒を振舞うのです。張飛は、最初は一緒にお酒を飲むことを我慢していたのですが、「一杯くらい」と飲んでしまい、結局どんどんお酒を飲んでしまうのです。曹豹はそれを見て張飛にお酒を飲むのをやめるように説得するのですが、張飛は怒ってしまいます。

これにより曹豹は張飛を恨むことになり、呂布に城内の様子を密告するのです。そして、曹豹は呂布に寝返り、張飛や城兵が酔いつぶれている間に徐州を占領されてしまうのです。このように、張飛はお酒で失敗をしており、「酒は飲んでも飲まれるな」という格言がよくわかるエピソードとなっています。

孫権も酒癖が悪い!

孫権も酒癖が悪い!

孫権も酒癖が悪い!

呉の初代皇帝である孫権も、酒癖が悪いことで有名です。酔いが回ると酒宴に参加している部下に対し、執拗に酒を注いで酔い潰すだけでなく、寝てしまう部下がいると水を掛けて起こして吐くまで飲ませたとされています。そんな孫権のお酒エピソードとしては、呉王に即位した際の酒宴が有名です。

孫権は呉王に封じられた際、主演を開催していつものように泥酔しながら強引に部下に酒を飲ませます。酒宴に出席していた孫権の部下である虞翻は、孫権が席の前にくると酔い潰れて寝ているふりをしたのです。虞翻は孫権が別の席にいったので、寝たふりをやめたのですが、それを孫権は見つけ激怒します。そして、孫権は斬ろうとするのですが、劉基がとりなしてなんとか宥めることができたのです。ちなみに、孫権はこのエピソードの後、酔いが醒めてから反省したとされています。しかし、その後も酒癖の悪さは治らなかったようです。

面白いお酒のエピソードを持つ劉伶

面白いお酒のエピソードを持つ劉伶

面白いお酒のエピソードを持つ劉伶

劉伶とは、竹林の七賢のひとりです。ちなみに、竹林の七賢とは酒を飲んだり清談を行ったりしながら交遊した7人のことです。劉伶は身長が140㎝ほどであり、手押し車に乗り、下僕に手押し車を引かせて移動していたとされています。お酒好きとして有名であり、手には酒壺を抱え、どこでも構わずにお酒を飲んでいたとのことです。そんな劉伶と妻のお酒のエピソードが面白いのです。

劉伶の妻は、酒浸りの夫をいつも心配していました。ある日、劉伶は二日酔いがひどく、妻に迎え酒を持ってくるように言います。しかし、劉伶の妻は夫を心配して、お酒をやめるように説得します。劉伶は妻に諫めてくれたことに感謝し、「自分では意志が弱いから神に誓うためにお供え用のお酒と肉を用意してほしい」と妻に言うのです。劉伶はお酒と肉を神前に供え、「天は劉伶を生みたまい、酒をもって名を挙げてさせたもうた。一度に一斛を飲み、五斗を迎え酒としてくださいました。天に報いるため、婦人の言葉など決して聞きません」と口上を述べ、用意した神前の酒を飲み、肉を食べると酔っぱらって寝てしまったのです。劉伶は、お酒を飲みたいから神に誓うふりをして、酒と肉を用意させただけだったのです。

3.曹操や劉備(玄徳)はお酒を禁止した?

3.曹操や劉備(玄徳)はお酒を禁止した?

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禁酒令があった?

禁酒令があった?

禁酒令があった?

三国志の時代には、禁酒令が出たこともあります。禁酒令を出したことで有名なのが、曹操と劉備(玄徳)です。曹操は酒害を禁酒令の理由としていたのですが、実際には兵糧米の不足を恐れたからとのことです。当時の人もお酒が好きで、穀物の多くを酒に代えてしまうため、曹操は兵糧が不足することを恐れたとされています。ただ、曹操の禁酒令は厳密なものではなく、厳格に施行されていなかったとのことです。

また、劉備(玄徳)も禁酒令を出しています。劉備(玄徳)は、行き過ぎた取り締まりだったことが「三国志簡雍伝」からわかります。これによると、劉備(玄徳)は酒の醸造道具を持っていただけで、禁酒令違反として逮捕することがあったとのことです。これに対し、簡雍は「それならあのカップルも淫行罪で逮捕しましょう。彼らも“淫行の道具を持っている”のですから」と劉備(玄徳)を諫め、醸造道具を持っていた者は釈放されたというエピソードがあるのです。このエピソードから、劉備(玄徳)は厳しい禁酒令を出していたことが窺えます。

4.まとめ

4.まとめ

4.まとめ

三国志の時代にもお酒はあります。しかし、蒸留技術などが乏しいため、アルコール度数は低いようです。また、三国志の登場人物には、お酒に関係するエピソードが多くあります。なかでも張飛と孫権の酒癖の悪さは有名です。曹操と劉備(玄徳)は、禁酒令を出すこともありました。いずれにしても、三国志の時代の人々もお酒を嗜んでいたと思うとなかなか感慨深いものがあります。





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