娯楽度がアップした見返り
■ 娯楽度がアップした見返り
娯楽度がアップした見返り
前回の記事でも紹介させていただいたように、三国志は庶民たちからも愛される物語でした。しかし、三国志は長編物語なので、すべてを観る、聞くには長い時間がかかりました。講談師の中には、本ではたった1ページしかない内容をおもしろおかしく話を盛って1日中語る手口で儲けた方もいたそうです。
筆者もそうですが、人はまじめな話ばかりを聞いているとどうしても飽きてしまいます。公演の合間にブレイクタイム中の見世物として、笑いを重視した寸劇や噺がありました。
長坂の戦いで曹操が追撃しなかった理由
■ 長坂の戦いで曹操が追撃しなかった理由
長坂の戦いで曹操が追撃しなかった理由
司会者や団長の前説
■ 司会者や団長の前説
司会者や団長の前説
いろいろな名士のもとを渡り歩き、戦に勝ったり負けたりの繰り返しだった劉備(玄徳)御一行。
ようやく同族の劉表を頼って新野城を得たとき、義勇軍を旗揚げしてから10年が過ぎていた。
間もなく劉表が亡くなるとその次男の劉琮(りゅうそう)が母親の計略により、兄を押しのけて
後継者の椅子に収まった。
これを好機とばかりに、曹操は20万の兵士を引き連れて劉琮を攻めた。劉琮は小者で、
曹操と一戦も交えることなく、即降伏した。
劉備(玄徳)は慌てて新野城を捨てて逃げた。しかし、劉備(玄徳)は元来のお人よしで、軍隊だけを連れてさっさと
逃げればよかったのに付き従った避難民を連れて亡命を行った。
そのせいか劉備(玄徳)御一行の行軍は遅く、すぐに曹操軍に追い付かれた。劉備(玄徳)や家臣、避難民は家族とバラバラになってしまい、己の身を守ることだけで精一杯だった。
「あの橋を越えれば渡し場は目前ぞ!!」
劉備(玄徳)はよく通る声で、逃げ惑う家臣と民の士気を奮い立たせた。やっと希望の光が差し込んだ…かに思えたが、曹操軍は劉備(玄徳)御一行のすぐ後ろまで迫っていた。
「兄者はみなを連れて早く逃げろ!!俺がひとりで曹印の腑抜け野郎どもを食い止めてやる!!」
名乗り出たのは劉備(玄徳)御一行の殿を務める我らが張飛だ。
張飛たった一人で長坂橋に残り、曹操軍に三度恐喝して撃退した。
これが俗に言う長坂の戦いである。
しかし、みなさんおかしいと思いませんか?
矢が降りかかり、火が燃え盛る戦場を駆け巡った曹操や夏候惇が、張飛の喝ごときで圧倒されるでしょうか?
それは否(いな)。きっとこうだったに違いない。それではこれより曹操軍が劉備らを追撃できなかった理由をご覧に入れましょ~。
喜劇の本編
■ 喜劇の本編
喜劇の本編
張飛が長坂橋で待機していると、間もなくそこに曹操が夏候惇、夏侯淵、曹仁らを引き連れて到着しました。
張飛 「やいやいやいやいっ!!我こそは燕人張飛。この先は何人も通さん!!趙子龍一匹腑抜けどもの中に丈夫の雄がいるのなら。いざ勝負、勝負!!」
曹操 「誰かと思えば。貴様がかの張飛であるか。見たところそちらはお前ひとりのようだが、どうやら薄情な兄貴に見捨てられたようだのう。勝負しろ?お前ひとりで?我らは20万ぞ!!悪いことは言わん。見逃してやるから今すぐそこを退け!!」
張飛 「やーかましいわっ!!どうした?腑抜けども。命知らずなバカ野郎は今すぐ俺の前に出いっ!!」
夏候覇「主君、私が行きます!!」
曹操 「待て、奴一人相手にするのは時間と労力の無駄だ。腹が立つのはわかるが、今は劉備(玄徳)に追い付くことこそ先決ぞ!!」
張飛はなかなか一騎打ちの相手が現れないことにイライラ。そして馬を降りるとドスンドスンと地響きをたてながら曹操軍に近づいた。
張飛 「臆病者めが!!俺様が全員ブチのめしてくれるーっ!!」
ドスーンッと足を踏みしめた途端、ブチブチブチッと音を立てて吊り橋が落ちて行きました。
張飛 「アアアーッ!!!」
耳をつんざくような悲鳴とともに一瞬にして張飛は曹操の視界から消えました。張飛の最後の一喝がすさまじく、その勢いで吊り橋が落ちてしまったのです。
曹操 「さすがは張飛。ひとりで万兵に匹敵すると言われるだけのことはある。声で橋を落とすと
は、なかなかの者ぞ!橋を架けるか迂回路を進むしかないが、それでは劉備に追い付けま
い。奪った食糧や財産をまとめて引き上げるぞ!!」
こうして曹操軍は劉備(玄徳)御一行の追撃を諦め、張飛は渡し場まで川に流されたとさ…。
おしまい。
七歩の賦
■ 七歩の賦
七歩の賦
むかしむかし、朝廷で司法を司る大臣がいたそうな。その大臣は「三国志」を読んで、ある詩人に感化されました。その詩人は、姓を曹、名を植、字を子建といいました。曹植はいかにも曹操の息子で文帝曹丕の弟です。司法大臣は彼の詠んだ「七歩の賦」に感動したのでした。
司法大臣 「詩聖と言えば、杜甫だと思っていた。しかし、それ以前にこの異名をとり、こんなにも
素晴らしい詩を読むお方がいたとは知らなかった。よし、曹植先生の真似をする
ぞ!!」
後日、その大臣は宮殿の廊下で天井を見つめながらボソボソと呟いていました。そこへ仲の良い軍事大臣がやってきました。
軍事大臣 「やあ!司法大臣殿」
司法大臣 「おお!これはこれは軍事大臣殿。お元気ですかな?」
軍事大臣 「見ての通りですよ。ところで、今しがた浮かない顔で考えごとをしていたようですが…
悩みごとがあるなら相談に乗りますぞ?」
司法大臣 「それはお恥ずかしいところを見られてしまいましたな。」
軍事大臣 「何をおっしゃいますか?こんな人気の多いところではいやでも目につきますよ」
司法大臣 「実は悩んでいたのではなく、詩を考えていたのです。」
軍事大臣 「さすがですね!、ささっ!!立ち話もなんですから場所を移動しましょう」
司法大臣 「あー少し待ってくださらぬか?もう少しで思いつきそうなのです。」
軍事大臣 「詩くらい茶や菓子をつまんでも考えられるでしょう?早く行きましょ行きましょ」
司法大臣 「申し訳ないが、それはできません。」
軍事大臣 「それはなぜですか?」
司法大臣 「実は先日三国志を読みましてな。曹植先生の七歩の賦に感動して、七歩歩く度に詩を作
っているのです。しかし、もう今日はこれで107つ目の詩となりなかなか思いつかない
のです。」
軍事大臣 「…」
司法大臣は「七歩の賦」を”七歩”歩くたびに詩を詠む芸当だと勘違いしていたのでした。
おしまい。
あとがき
■ あとがき
あとがき
いかがでしたか。楽しんで頂けましたでしょうか?
張飛は当時国民的キャラクターで、日本でいう「ドラえもん」のような存在でした。現代引き継がれている京劇でも張飛が全く関係のない場面でもひょっこり登場したり、客席に向かって見栄を切りそのまま舞台を横切っていくだけの登場シーンがあったりします。張飛は三国志のマスコットキャラクターなのです。それらはこの漫談や喜劇の名残と言っても過言ではありません。