三国時代のスーパードクター華佗元化とはいかなる人物か追及してみた。

三国時代のスーパードクター華佗元化とはいかなる人物か追及してみた。

名医。それは最高の医者におくられる最高の称号でありますが、三国志の時代にも名医と呼ばれる医者がおりました。あまり多くの人には知られてはいませんが、彼の名前は華佗元化と言います。今回はそのスーパードクター華佗元化について紹介したいと思います。


世界初全身麻酔による外科手術を行ったとされる医師

華佗元化は世界で初めて全身麻酔による手術を行ったであろう人物と言われています。ただそれ等を立証するようなデータは残ってはおらず噂でしかないというのも事実です。しかし、少なくとも局部への麻酔による切開は確実に行っており全身麻酔による手術を行っていてもおかしくない人物です。

現代のイメージでは医師というと高学歴で地位が高いというイメージがありますが、この時代では医学に対する理解は深まってはおらず、方術と呼ばれており、おまじないのようなものだと見られておりました。ですので華佗元化の価値もいうほどは高くなかったようです。

どんな性格をしていたの?

華佗元化は医者であることを誇りには思っていませんでした。というよりも思えなかったのです。前述にもありますが、この頃の医師というのは占い師などと同等と見られていることが普通でした。なので医者ということを誇らしく思うということは困難だったのです。

医師として見られるよりもひとりの豪族として見られることを望んでいました。しかし、かの有名な曹操孟徳は華佗元化に対して医者としての能力をかって厚遇したのです。ただ、医者としての誇りを持てなかった華佗元化はこの扱いに対して不服に思っていました。

結果的に華佗元化は医書を取りに行くと言い、曹操孟徳の元を離れることを決意しました。しかしいつまでたっても華佗元化は曹操孟徳の元へ帰ろうとしません。その理由は奥さんが病気であると説明していました。最初は嘘を曹操孟徳は信じましたが、これが嘘だとわかると曹操孟徳は怒り、華佗元化を投獄しました。

投獄したあげくに華佗元化を拷問し、ついには殺してしまいました。こんなところからして華佗元化という人物は自分が信じたものに対して頑固であり、信念を曲げることのない人物であったことが伺えますね。さすが医師というだけあると思うのは私だけでしょうか?

亡くなった事による影響

華佗元化は投獄に拷問の末に曹操孟徳に殺害されてしまいます。しかし、この後に曹操孟徳は求賢令というものを発します。この求賢令は身分などを関係なしに才能だけに重点をおいて認めようとするものでした。もしも華佗元化が生きている間にこの求賢令が出ていれば必然的に医師の身分も向上していたので華佗元化が亡くなる事も無かったのではないかと思います。

また、華佗元化の死によって華佗元化がもっていたといわれる全身麻酔の技術が失われてしまったことは残念でなりません。外科手術に関しても儒の思想に反するが故に誰も挑戦するということもなく地球上の医学の進歩を遅らせてしまう結果となりました。華佗元化あ生きてさえいればその後、助かった人は大勢いたのです。

様々な作品で描かれる華佗元化

横山三国志では劉備(玄徳)の陣営での活躍が描かれています。とある戦場で関羽雲長が毒矢に被弾したがために治療のために骨ごと削るという簡易手術を華佗元化は提案します。施術をするにあたって痛み止めを討つことを提案されますが無くても大丈夫といい施術を行います。天下一の名医と天下一の患者などとよくわからないことをいってこの場を終えるのです。

その後は曹操孟徳の持病を治す際に華佗元化が頭の切開を提案するのですが、この際に関羽雲長が腕を麻酔無しで削ったことを思わず失言してしまったために投獄され最期を迎えることになってしまいます。実に、めちゃくちゃな話ですが、創作ならではのエピソードですよね。

人気アニメである一騎当千では男性のお医者さんという役柄であり、呂蒙子明の主治医として登場します。あまり重要な役割とは言えませんが、呂蒙子明は眼帯で左目を覆っているキャラクターなのですが、その左目に宿った龍の力を抑制するための護符などという摩訶不思議な代物をつくってしまうといった特殊なキャラクターとして登場しているのです。

また、このアニメの主人公格である孫策伯符には何でも治せるなどと言われており、かなり能力を持った医師という設定には位置付けられているものとは見られます。

ちなみに人気美少女の恋姫夢想では男性医師のキャラとして登場しますが、女性には一切興味がないという独特なキャラでかといって男性にも興味がないという熱血主人公タイプとして描かれています。どのようなキャラクターかというと説明しづらいので気になった方はゲームを購入してみるとよいでしょう。

蒼天航路では儒学の人として登場し、正史から抜粋した華佗元化のエピソードを次々に披露するといったシーンがあります。例えば怒り狂い吐血するほどまで挑発したという治療や真冬に水をぶっかけたりという治療など、鬼畜というか荒療治というかにわかには信じがたいバイオレンスぶりな治療を行うシーンがあったのです。

作中ではとあることで曹操孟徳の逆鱗に触れてしまいます。曹操孟徳は華佗元化に医学の講義をして国の立て直しをしてほしかったようですが、華佗元化はなぜか儒学の講義ばかりを行ったたがために曹操孟徳に逆らったとして殺害されてしまうという最期を迎えます。蒼天航路における華佗元化あこのような感じです。

結局まとめると華佗元化はこんな人

今回は三国志の世界で一番のスーパードクターと言われる華佗元化についてご紹介しましたがいかがでしたでしょうか?華佗元化は医学における歴史を変えてしまう可能性を持っていた名医だということがなんとなくわかっていただけたと思います。

華佗元化はとても勉強熱心ですが、立場や権力にはある程度のこだわりを持っていたようです。ようはプライドはものすごく高い人であったと思います。医師という立場については誇りを持てない世の中だったのですが、自身のやっていることには誇りをもっており、本当は評価されることを望んでいたのではないかと思います。

その華佗元化の持つ才能に目をつけた曹操孟徳が医学について興味や関心を示しているのにも関わらずそれが華佗元化自身に伝わらなかったことが何よりも残念でなりません。もし、華佗元化が曹操孟徳を信じるだけの柔軟さを持ってさえいれば医学は大きく進展したのではないかと思われます。最後まで読んでくださってありがとうございました。

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