「孫子」には何が書いてあるの?(2) 戦争を考える「基本条件」

「孫子」には何が書いてあるの?(2) 戦争を考える「基本条件」

さて、いよいよ「孫子」の本文に入っていきましょう。さすがに中国の古典なので、漢字も言葉も難しい……。しかし、難解な用語などはあまり気にせず、孫武さんの主張の要点だけを見ていけばいいと思うのです。


第1章 計篇

第1章 計篇

第1章 計篇

孫子13篇のトップに書かれているだけあって、孫武のもっとも言いたい事が凝縮されている部分です。
ここでは、むやみに戦争を始める前に、自国と敵国の戦力・国力をじっくり比較し、勝算の有無を計ることを説いています。
「計」とは、計算のことであり、計画のことでもあるのです。

計篇(1) 兵は国の大事なり

計篇(1) 兵は国の大事なり

計篇(1) 兵は国の大事なり

「孫子曰く、兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」
(そんしいわく、へいとはくにのだいじなり、しせいのち、そんぼうのみちなり、さっせざるべからざるなり)

【訳】孫子は言った。軍事とは国家の運命を決める一大事である。人民の生死の分岐点であり、国の存亡の分かれ目でもある。慎重に考えなくてはならない。

【コメント】冒頭から、戦争に対しきわめて慎重な孫武の姿勢がうかがえます。孫武は戦争のプロだからこそ、戦争が一歩間違えば自分の国を滅ぼしかねない事を知っていたのです。

「故にこれを経るに五事をもってし、これを校ぶるに計をもってして、その情を索む」
(ゆえにこれをはかるにごじをもってし、これをくらぶるにけいをもってして、そのじょうをもとむ)
「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり」
(いちにいわくどう、ににいわくてん、さんにいわくち、よんにいわくしょう、ごにいわくほうなり)

【訳】よって開戦の是非については、5つの基本事項(五事)をもとに考え、相手との優劣を計る基準(七計)を利用して、自国と敵国の実情をさぐらねばならない。
 5つの基本事項とは、第一に道、第二に天、第三に地、第四に将軍、第五に法である。

【コメント】「五事七計」(ごじしちけい)という、孫子が開戦の是非について考える基準が示されています。
国の指導者にとって、戦争はあまりにも重大な決断であります。この重すぎる決断を迫られたとき、孫武はまず「5つの基本事項」(五事)に照らして判断すべきだと述べています。
その基本事項こそが「道・天・地・将・法」なのです。これが開戦の可否を考えるうえでの、最も基本的な基準となります。では、「道・天・地・将・法」とは何なのか? 以下に続きます。

五事とは「道・天・地・将・法」

五事とは「道・天・地・将・法」

五事とは「道・天・地・将・法」

「道とは、民をして上と意を同じくし、これと死すべくこれと生くべくして、民は危わざるなり」
(どうとは、たみをしてかみといをおなじくし、これとしすべくこれといくべくして、たみはうたがわざるなり)

【訳】「道」(どう)とは、人民の心を為政者の心とひとつにさせる、正しい政治のことである。これが実現してこそ、(非常時において)人民が為政者と生死をともにし、為政者に疑いを抱かないのである。

【コメント】いつの時代、どんな国においても、まともな政治が行われていることが、すべての基本です。いい政治がなされ、人民が為政者と心をひとつにしていれば、いざという時に必死で戦い、国に奉仕してくれます。そして為政者の命令に疑いを持たないのです。
逆に、もし日ごろの政治がマトモでなかったなら……人民は為政者の命令に従わないですし、為政者の言葉を信用しません。戦争の継続自体が無理になってしまうのです。


「天とは、陰陽・寒暑・時制なり。地とは遠近・険易・広狭・死生なり」
(てんとは、いんよう・かんしょ・じせいなり。ちとはえんきん・けんい・こうきょう・しせいなり)

【訳】「天」とは、日陰と日なた、寒さと暑さ、四季の移り変わりである。「地」とは、距離の遠い近い、地形が険しいか平らか、軍にとって死地か生地かということなどである。

【コメント】ここでの「天」とは気候や季節を指します。たとえば雨が続くようだと軍の移動が大変になります。冬になって雪が降れば、軍を動かすこと自体ができなくなる可能性があります。
「地」とは、文字通り地形的条件です。

優れた武将の条件「智・信・仁・勇・厳」

優れた武将の条件「智・信・仁・勇・厳」

優れた武将の条件「智・信・仁・勇・厳」

将とは、智・信・仁・勇・厳なり。
(しょうとは、ち・しん・じん・ゆう・げんなり)

【訳】「将」とは、知性・部下との信頼関係・部下への思いやり・勇気・軍律を守る厳しさといった、将軍の力量のことである。

【コメント】将軍に求められる資質について、「仁」(思いやり)と「厳」(きびしさ)といった、真逆に思える要素が併記されているのが面白いですね。兵士たちの命をあずかるのですから、将たる者は基本的に思いやりを持っていなくてはならないでしょう。しかし情に流されて判断を誤るようでは、将軍として失格です。またいくら部下が可愛いといっても、軍隊のルールについては厳しく守らせる必要があるでしょう。

法とは、曲制・官道・主用なり。
(ほうとは、きょくせい・かんどう・しゅようなり)

【訳】「法」とは、軍の編成・官僚の権限・将軍の指揮権に関する軍法のことである。

【コメント】まずは軍隊のルールが適切に設定されていることが大切です。組織内の取り決めがあいまいで、だれにどんな権限があるのか不明瞭では、組織が上手く機能しません。
これは軍隊に限らず、一般社会の組織にも当てはまる事でしょう。役割分担があいまいな組織では、得てして混乱が起きたり、業務が停滞してしまうものです。まずは権限や役割に関する取り決めを明確にした上で、メンバー全員がそれを遵守することが必要です。

理論を実践につなげるには

理論を実践につなげるには

理論を実践につなげるには

およそこの五者は、将は聞かざることなきも、これを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。
(およそこのごしゃは、しょうはきかざることなきも、これをしるものはかち、しらざるものはかたず)

【訳】おおむねこの5つの基本事項(五事)は、将軍であれば誰もが聞いている事である。しかし、これらを深く理解している者は勝利し、理解が不十分なものは負けてしまう。

【コメント】なかなか奥深い一文です。武将を志す者は、誰もが孫子ぐらいは読んでいるわけですから、みんな「五事」については知っているはずです。しかし理論を深く理解していないと、実際の戦争では応用が利かないということを言っているのでしょう。
理論を実践につなげるには、深い理解が必要になる―――現代に生きる我々にも通じる教訓が、あると思います。


以上、孫子の冒頭から、簡単に見てまいりました。けっこう難しいですかね? はい、私も難しいと思いました(汗)。
それでも、難解な言葉を深く考えずに、要点だけをくみ取るように読んでいくと、やっぱりためになる教訓があるなと思うのです。





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