まえがき
■ まえがき
まえがき
「三国志」は本来歴史書として書かれたものですが、識字率が低かった当時は講談、演劇、影芝居、民話など読み書きができなくても物語が理解できるような形で、大衆に広まりました。
時代が進むと講談師の人口、演じる劇団の数も劇的に増加しました。これにより、講談の台本作家や演劇の脚本家という職業ができました。これをビジネスチャンスとばかりに書房(本屋さん)や飯店、茶屋は講談師、劇団とビジネスパートナーとなって場所を貸す代わりに台本・脚本を書房が商品として販売する。劇場の隅に屋台をつくり、飲食物を販売するというビジネスができました。
その激しい競争の中で、作家・脚本家が常に頭を抱えていたのが、いかに集客し、リピーターが飽きないストーリーを作れるかということでした。その中で、一味違った「三国志」として誕生したのが、これから書かせてもらう三国志のお笑いネタです。
劉備(玄徳)の戯れ
■ 劉備(玄徳)の戯れ
劉備(玄徳)の戯れ
侍従 「丞相~丞相~」
今日も天才軍師・諸葛亮は朝から大忙し。朝議前にも関わらず、侍従のひとりが諸葛亮を呼んでいます。侍従は小走りで諸葛亮の執務室に飛び込んできました。
諸葛亮 「なに?」
侍従 「丞相…丞相っ!!」
諸葛亮 「だから!!なんなの?」
侍従 「早く政務殿にお越しください」
諸葛亮 「…!?、朝議まではまだ時間があると思うんだけど…開始が早まったのかい?」
侍従 「違いますけど…大変なんです」
諸葛亮 「なにか大事かな?」
侍従 「別にそういう訳ではないのですが…主君(劉備)がっ…とにかく来てください!!」
(まさか!?劉備(玄徳)の身に何か起きたのでは!?)
そう思った諸葛亮は政務を取り仕切る政務殿へ急行しました。現場へ諸葛亮が駆けつけると、既に集合し始めていた文官や武官が「フーッ」と息を吐き、胸を撫で下ろしていました。すると、人だかりの中心から
「どう?」
「わし…綺麗?」
と劉備(玄徳)の声が聞こえてきました。
劉備(玄徳)は身長が約190cm近くある大男なので、群衆に紛れても頭がヒョコっと見えてしまいます。しかし、紛れもなく目につく頭は自分の君主の頭のはずなのに、ジャラジャラとした髪飾りが見えていました。
(見間違いか!?)
諸葛亮は目を擦って注目してみましたが、やはり劉備(玄徳)らしき人の頭部には確かに若い女性が身に着ける髪飾りがついています。
人だかりをかき分けて、諸葛亮がズンズン突き進むとレディースの着物を羽織って身体をクネクネさせ、髪飾りを挿した劉備(玄徳)が立っていました。しかも何気に顔に化粧まで施しています。劉備(玄徳)は明らかに女装していたのです。
想像してみてください。
先ほども書いたとおり、劉備(玄徳)は長身かつ筋骨隆々の巨漢です。しかも、この時すでに60歳に差し迫る年齢なので、定年間際のおじさんがセーラー服を着て、巻き髪を自慢しているようなものです。
開いた口がふさがらない諸葛亮に対して無神経にも
劉備(玄徳) 「おお…!!孔明、どう?似合う??」
と意見を求めてきました。これには、さすがの諸葛亮も堪忍袋の緒が切れました。
諸葛亮 「いい年したオッサンが何してんだ!!、小娘のようにキャピキャピしやがって、見苦し
い!!」
諸葛亮の意見はごもっとも。その場にいる是認の意見を代弁したようなものでした。すると、劉備が魚が死んだような目をして
劉備(玄徳) 「いい年こいたオッサンが…までは反論しようと思ったが、見苦しいと言われて目が覚めた
よ。孔明がそこまで怒るなら、もうやらない…」
そう言って、何事もなかったかのように朝議が開始されました。
供養の恩返し
■ 供養の恩返し
供養の恩返し
ある日、とある田舎に住む独身男性が食料を採りに山へ入りました。山にはキノコや木の実、山菜がありました。男が夢中で収穫していると、地面に頭蓋骨が落ちているのを見つけました。「わぁっ!!」と驚き、尻餅をついたら、そこにも人骨らしい骨の一部がありました。
注意して見ると、おそらく動物や鳥が食べたのでしょう。あちらにもこちらにも人骨がバラバラに点在していました。
(かわいそうに…よし決めた!!これも何かの縁だ。俺が供養してやろう)
ということで、その男は目についた人骨を拾い集め、穴を掘って埋葬。簡単な盛り土をして小さな墓を作って供養しました。
その晩、男の家の扉をトントンとノックする者が現れました。
男 「誰だい?」
家の中から男は声を掛けました。すると、
??? 「妃(フェイ)です」
と女性の声が聞こえました。
(そんな名前の知り合いいたっけ?)
首をかしげながら、男は玄関まで歩いて扉を開きました。
玄関には、まるで天女のように美しい女性が立っていました。そして、女性は男に一瞥すると、
女性 「夜分遅くに失礼します。私は楊。玄宗陛下の貴妃です」
男 「いやいや、冗談言わないでくださいよ。楊貴妃様は、私のじーさんが生まれる何年も前に
お亡くなりになっていますよ」
女性 「あなたは昼間、人の骨を拾い集めて供養しませんでしたか?」
男 「なぜそれを知っているのですか?あの場には私一人しかいなかったのに!!」
女性 「ですから、その骨が私のものだったのです。私が自ら命を絶った後、罪人ということで遺
体は山に捨てられました。動物や鳥がやってきてついばみ、遺体は朽ち果てました。何年
もの間、私の骨は風雨にさらされ、誰も供養してくれませんでした。それなのに今日、あ
なたが私の骨を拾い集めて供養してくださったおかげで、ようやく成仏することができま
す」
男 「そうだったのですか。すみません。全部見つけることができなくて…」
楊貴妃 「いいえ、十分です。供養してくださりありがとうございます」
男 「あなたの言葉を信じましょう。しかし、貴妃様ほどの尊いお方が私に何のご用でしょう
か?」
楊貴妃 「あなたにどうしてもお礼をしたかったので、神様にお願いして恩返しの機会を一晩だけ頂
くことができました。しかし、お金も食べ物も持っていないので、私の身体を捧げます。
朝には消えてしまうので、どうかあなたの好きにしてください」
絶世の美女にここまで言われてしまっては、男も断る道理もありません。
男と楊貴妃は情熱的な一夜をともに過ごしました。これを指をくわえて見ていたものがいます。隣の家に住む男です。
隣人の男は会話の内容を耳にしており、「すべて拾えなかった」という言葉を信じ、楊貴妃の遺骨を拾いに山へ入りました。しかし、なかなか見つけることができません。日も暮れて、そろそろ帰ろうかと思った矢先にようやく、人骨の一部を見つけました。
それを拾って穴を掘り、骨を埋めて供養しました。その晩ウキウキしながら目をギラつかせて待っていると、トントンと誰かが扉を叩いている音が聞こえました。
隣人 「妃(フェイ)かい?」
??? 「飛(フェイ)だ」
隣人の男は急いで玄関の扉を開けると、デーンとした太鼓腹が…
隣人 「え…?」
隣人の男が上を見上げると、ドングリのようにくりくりした目を光らせ、虎髭の大男が立っていました。
大男 「わしは燕人張飛。貴様が昼間わしの骨を拾ってくれたおかげで成仏できるわい。礼をしよ
うと思ったのだが、いかんせん金も飯も持っていない。むしろ必要ないからな」
隣人 「…」
張飛 「楊とかいう小娘に聞いてみたら、一緒に寝たと言っていた。だから、今日はわしが貴様に
添い寝してやる。遠慮するな」
その夜隣人の男は、張飛の太くて暑苦しい腕の中で眠れぬ夜を過ごしました。
あとがき
■ あとがき
あとがき
もちろん両方フィクションですが、劉備(玄徳)が女性用の髪飾りをつけてはしゃいでいたのは実話らしく、史実では、そのとき劉備を叱った(諫言した)人物は諸葛亮ではなく趙雲であるとされています。
1つ目のエピソードは喜劇。2つ目のエピソードは漫談のネタです。現在ではどちらも廃れてしまったそうですが、喜劇のイメージは時代劇風のコント、漫談は漫才よりも落語よりのバラエティだったそうです。