三国志演義の武器は実在? 方天画戟とか?

三国志演義の武器は実在? 方天画戟とか?

三国志には関羽の青龍偃月刀や呂布の 方天画戟 など数多くの武器が出てきます。それらは後の世の物語などにも多くの影響を与えています。また、日本でも横浜の関帝廟などでは、青龍偃月刀をもっている関羽の像があります。これらの武器は実在していたのでしょうか?また、どのように生まれてきたのでしょうか?


三国時代に本当に使用されていた武器とは

三国時代に本当に使用されていた武器とは

三国時代に本当に使用されていた武器とは

三国時代に実際に最も威力を発揮した武器は何でしょうか?これは、古今東西を問わず、答えは飛び道具である弓矢になります。近代になれば鉄砲に変わるだけです。当たり前の話ですが、戦争は接近戦に入る前に、必ず近づいていかなくてはなりません。遠距離で攻撃できる弓矢はそれだけで圧倒的に有利です。三国志演義では呂布や黄忠が弓の名手として書かれています。他にも曹操が狩りで弓矢を使用したりしています。正史では太史慈や夏侯淵が弓の名手とされています。逆に龐統は流れ矢に当たって死亡しています。弓矢の効果については正史・演義共に述べており、申し分有りません。
他の武器ではやはり王道である槍・刀・剣が正史の数多くでてきます。「槍」という語は当時、使われておらず「鋒」という文字が使用されています。日本の戦と同じく、離れているところから槍を振り回して、叩いたり突いたりし(実際に槍で狙ったところを突くにはかなりの技量が必要なため、大抵の兵は槍で殴っていたと推測されます)、乱戦になり接近戦になったら剣で殴ったり切ったり(剣も対象を正確に切るには相当な技術がいるので、実際には殴っていた可能性が高いです)して戦いました。
他には「戟」が槍と同様、離れた場所から叩きつけるのに多く使われていました。「槍」との違いは、刃物が突くだけでなく、相手を引っ掛けるための「枝」がありました。ところが、そのおかげで、武器として中途半端になってしまい「槍」に主役を奪われることになります。

方天画戟

方天画戟

方天画戟

呂布が使用していたと言われる武器は「方天画戟」です。「戟」という文字がついているように「槍」でいう刀身の部分の横に別の刃がついています。方天画戟の場合は「月牙」という三日月状の刃が、片方に付いています。三国志の小説や漫画にも絵が多く載っているのでなんとなくイメージ付く人も多いのではないでしょうか。また、水滸伝の登場人物である呂方は呂布に憧れ、同じ武器である方天画戟を使用していたという設定です。
方天画戟ですが、実は宋代以降(11世紀以降)に出来た武器であると言われています。なので、呂布ファンの方には非常に残念なことですが、呂布が方天画戟を愛用していたというのは完全な創作です。
では、何故呂布は方天画戟を愛用していたと言われているのでしょうか?三国志の名シーンの一つに
「呂布が自分の方天画戟を射て、劉備と紀霊の和睦を取り持った」
というのがあります。ご存じの方も多いと思います。実は、正史でも呂布が
「陣中で戟を射て、兵を引かせた」
という文章があります。この戟が呂布のものであるのか?どういう形のものであるのか?等は分かりませんが、呂布の愛用武器が方天画戟というのはここから来ているのではないでしょうか?

青龍偃月刀

青龍偃月刀

青龍偃月刀

関羽の武器として名高いのが青龍偃月刀です。三国志演義では黄巾賊討伐の兵を劉備(玄徳)・張飛と共に挙げたときから愛用し、華雄・顔良・文醜らを叩き切り、夏侯惇・黄忠・龐徳らと打ち合います。その戦いの殆どは残念ながら創作で、実際にはなかったものが多いです。ところが、正史に書かれている戦いが一つだけあります。それが曹操軍の武将として出陣した対袁紹戦での顔良を倒したものです。正史の記載に
「関羽は敵軍の中にただ一騎で分け入り、顔良を刺し殺し」
とあります。ここで注目するのは「顔良を刺し殺し」の部分です。青龍偃月刀でしたらこの表現はおかしいです。「斬り殺した」になるはずです。「刺し殺した」の場合でしたら、普通は槍か矛を使用したと考えるべきです。関羽が青龍偃月刀を使っていたとは思えません。
実は青龍偃月刀は宋代(11世紀)以降の武器です。なので、三国志の時代には存在していません。中国どころか日本にもある、関羽を祀る関帝廟にある関羽の像は青龍偃月刀をもちながら堂々とした姿をしています。残念ながら青龍偃月刀を持っていたというところは後世に作られたものなのです。

蛇矛

蛇矛

蛇矛

蛇矛は三国志演義では張飛が使用する武器として有名です。また、忘れている人が多いと思われますが、程普の武器も蛇矛です。蜀と呉の中枢となる武将の使用している武器ですから、さぞ有名な武器であるかと思うでしょう。また、水滸伝の中でも屈指の人気キャラクター林冲も蛇矛を使用しています。はたして蛇矛とはどのような武器だったのでしょうか?
実は蛇矛が出来たのは、はるか後世の明の時代以降(16世紀以降)です。三国志の時代はおろか水滸伝の宋代(11-12世紀)にすらありませんでした。なので、張飛や程普が蛇矛を振り回して戦っていたということは、完全な創作なのです。
では、何故彼らにこのような武器をもたせたのでしょうか?実は三国志演義(正式中国名は三国演義)や水滸伝が生まれたのは明の時代です。なので、その時代に新しく生まれた武器こそが張飛のような豪傑や程普のような呉の国三代に仕えた忠臣に相応しいと作者も考えたのではないでしょうか?蛇矛をもつ張飛の絵も小説や漫画に多々描かれていて、非常にイメージしやすいです。

雌雄一対の剣

雌雄一対の剣

雌雄一対の剣

三国志演義で劉備(玄徳)が使用している武器は雌雄一対の剣です。関羽や張飛の武器と比べると印象は弱いです。劉備(玄徳)自身が関羽・張飛に比べると戦場での描写が少ないので仕方ないことではありますが。では、劉備(玄徳)は雌雄一対の剣を本当に使用していたのでしょうか?残念ながら答えは分かりません。劉備(玄徳)の武器については特に描写がないようです。戦場に出陣していたのですから、槍や剣を普通に使用していたと考えるのが自然なのですが、断言はできません。
では、何故雌雄一対の剣を劉備(玄徳)の武器にしたのでしょうか?実はこの剣にはモデルがあります。中国に伝わる説話に出てくる名剣「干将」と「莫耶」です。この説話には様々な説があり、史実かどうか?どの話が本当なのか?などは不明です。説話の中で「干将」を「陽剣・雄剣」とし「莫耶」が「陰剣・雌剣」とされています。劉備(玄徳)を正統とする三国志演義で、彼にも立派な武器をもたせたいという作者や読者の願いが、古代の名剣をモデルにした「雌雄一対の剣」という形で劉備の手に握られたのではないでしょうか?

まとめ

まとめ

まとめ

残念ながら三国志演義に出てくる英雄たちの武器の殆どは創作です。時代考証が全く合わないものが多く、史実であった可能性は非常に低いです。他にも徐晃の大斧や紀霊の三尖刀など三国志演義に出てくる武器はまだまだありますが、正史に記載されているものはほとんどありません。やはり命をやり取りする場所である戦場では個性的なものよりも、普及されていて使いやすい武器を英雄たちも使用していたのでしょうね。


この記事の三国志ライター

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