【試験対策】三国志検定例題~3級編vol.1~

【試験対策】三国志検定例題~3級編vol.1~

三国志検定は悲しいことに実にマイナーな検定です。問題集などの書籍は漢字検定や英語検定に比べるとバリエーションが少なく、検索エンジンにて調べてみてもなかなか例題にヒットできません。そのお悩みを解決いたしましょう。


過去問、問題集が少ない三国志検定

三国志検定は2008年に発足した三国志検定運営委員会によって主催されている検定資格です。世に出始めてまだ10年という若い検定資格なので、過去問題集や参考書と呼べる書籍がまだまだ数冊しか出版されていません。あなたも学生時代に取得に挑戦したであろう漢字検定や英語検定は書店で特設コーナーが設けられ、書籍を出版している出版社もたくさんあります。また、Googleやヤフーなどの検索エンジンを使用して例題を検索してみても、なかなかヒットしません。
これから三国志検定の受験を検討している方にとって、例題や過去問題の情報収集は必須と言えるでしょう。本記事では実戦を想定して四者択一式(4つの選択肢からひとつを選ぶ形式)のオリジナル例題を考えました。難易度は初心者レベルの3級です。あなたは何問正解できるでしょう?

初心者レベル問題

問1 次の選択肢のうち、三国志の三国ではない国名を選んでください。

(A)蜀
(B)魏
(C)呉
(D)倭

問2 劉備(玄徳)の出身地はどこか。次の選択肢のうちからひとつ選んでください。

(A)廬江郡舒県
(B)沛国譙県
(C)涿郡涿県
(D)汝南郡汝陽県

問3 次にあげる言葉のうち、劉備(玄徳)と諸葛亮(孔明)の関係性を示すものはどれか。ひとつ選んでください。

(A)「水魚の交わり」
(B)「犬猿の仲」
(C)「竹馬の友」
(D)「治世の能臣、乱世の奸雄」

問4 次の選択肢のうち、呂布(奉先)の愛刀と伝えられてる武器はどれか。ひとつ選びなさい。

(A) 青龍偃月刀
(B) 打王神鞭
(C) 斬馬刀
(D) 方天画戟

問5 曹操はなぜ指名手配犯となったのか、その理由を次の選択肢から選んでください。

(A)董卓(仲穎)を暗殺しようとして失敗した。
(B)後漢最後の皇帝:献帝の兄を毒殺した。
(C)董卓(仲穎)を誅殺し、李傕(稚然 )と郭汜 から反発を受けた。
(D)相国殺害の謀反人として李傕と郭汜 から弾劾された。

初心者レベル 解答と解説

問1 正解:D
倭は日本が中国や朝鮮から呼ばれていた国名です。蜀は劉備(玄徳)が建国した国、魏は曹操(孟徳)が基盤を築き、子の曹丕(子桓)が献帝から禅譲されて建国した国、呉は孫堅(文台)が礎を築き、子の孫権(仲謀)が建国した国です。

問2 正解:C
劉備(玄徳)の故郷の涿郡涿県は三国志演義でもちゃんと登場し、劉備(玄徳)と関羽(雲長)、張飛(翼徳)が出会った場所として有名です。Aは周瑜(公瑾)の出身地、Bは曹操(孟徳)の出身地、Dは袁紹(本初)の出身地です。

問3 正解:A
夫婦の間柄を表す言葉で、三顧の礼のあと劉備(玄徳)に対して義弟の関羽(雲長)と張飛(翼徳)が不満をぶつけたときに劉備がなだめたときに使用した言葉です。Bはとっても仲のわるい間柄、Cは幼馴染を表す日本のことわざで、Dは許劭が曹操(孟徳)の人物評価をしたときに残した言葉です。

問4 正解:D
呂布(奉先)の愛刀方天画戟は何度もストーリー上に登場します。下邳の戦いで水攻めに遭ったときには陳宮が和睦の進言をしたときに「俺には方天画戟と赤兎がある」言って反発したり、部下たちが投降する代わりに呂布を捕らえたことを証明するために投げたものとしても有名です。その他の選択肢はAが関羽(雲長)の愛刀。Bが封神演義に登場する聞仲が紂王の養育係に任命されたときに下賜された愛刀。Cが孫堅(文台)が使っていた一太刀で馬の首を落とせると言われた愛刀の名前です。

問5 正解:A
曹操(孟徳)は王允の依頼を受けて、王家家宝の七星剣で董卓を暗殺しようとしました。ところが、董卓(仲穎)の寝首をかこうとするところで董卓(仲穎)が目覚めてしまい、暗殺を勘づいた呂布(奉先)が追手を差し向けたので逃亡をはかりました。その他の選択肢はBが董卓(仲穎)、Cが呂布(奉先)、Dが王允のことです。

三国志ファンレベル

問1 ハリウッド映画「レッドクリフ」で描かれた戦いは次のうちどれか。

(A)官渡の戦い
(B)赤壁大戦
(C)黄巾の乱
(D)五丈原の戦い

問2 次の選択肢のうち、三国志を描き、三国志旋風を巻き起こした漫画家は誰か。

(A)横山光輝
(B)手塚治虫
(C)鳥山明
(D)赤塚不二夫

問3 次の選択肢のうち、孫策(伯符)の妻はどれか。

(A)小喬
(B)孫麗
(C)大喬
(D)呉国太

問4 次のうち、曹操(孟徳)から関羽(雲長)に贈られた称号はどれか
(A)閑聖帝君
(B)照烈帝
(C)平陽候
(D)漢寿亭候

問5 次の選択肢のうち、劉備の兄弟子として登場する人物はどれか
(A)公孫瓚
(B)龐統
(C)盧植
(D)許攸

三国志ファンレベル 解答と解説

問1 正解:B
レッドクリフは赤壁大戦を題材としています。Aは曹操(孟徳)が袁紹(本初)に勝利して大成功をおさめた戦い。Cは劉備(玄徳)ら義兄弟の初陣にして戦乱のはじめを意味する反乱。Dは君主亡きあと、諸葛亮(孔明)と司馬懿(仲達)がしのぎを削りあった戦いです。

問2 正解:A
三国志は横山光輝が漫画にするまで、小説や演劇しかありませんでした。横山光輝が三国志を漫画化したおかげで、アニメや人形劇など三国志が子供向けのストーリーとして取り上げられるようになり、ゲームなどに発展させるきっかけを作りました。Bは同時期に鉄腕アトムやブラックジャックを世に生み出した日本漫画界の巨匠、ドラゴンボールの作者、DはAとBと同時期に活躍したギャグマンガの巨匠です。

問3 正解:C
孫策(伯符)と周瑜(公瑾)は橋玄の二人の娘を娶りました。孫策(伯符)は姉の大喬を、周瑜(公瑾)は妹の小喬と結婚しました。Bは孫策(伯符)と孫権(仲謀)兄弟の妹。Dは同じく兄弟の母親です。

問4 正解:D
曹操(孟徳)は当初投降した関羽(雲長)を「寿亭候」封じました。しかし関羽(雲長)は漢に帰属するという条件での投降であったため、これを辞退。曹操(孟徳)は印綬に「漢」を追加して改めて称号を贈りました。Aは関羽(雲長)の死後、商人たちが商売の神として彼を崇めるようになりつけられた神号。Bは劉備(玄徳)の死後に贈られた諡。Cは曹操(孟徳)の先祖にあたる曹参が高祖劉邦から贈られた役職です。

問5 正解:A
劉備(玄徳)が義勇軍を立ち上げた際、兄弟子の公孫瓚を頼って黄巾の乱に参加しています。Bは諸葛亮(孔明)と同じ師を慕った親友、Cは劉備(玄徳)の師匠、Dは曹操(孟徳)の学友です。

三国志検定3級レベルの問題を10問出題しました。さて、あなたは何問正解できましたか?三国志検定の合格ラインは100点満点中の70点です。つまり、この記事で出題した問題の7問をクリアできていれば、合格ラインに到達できます。

関連するキーワード


三国志 資格

関連する投稿


今さら聞けない三国志の疑問「どんな時代の話?なぜこんなにも面白い?」

今さら聞けない三国志の疑問「どんな時代の話?なぜこんなにも面白い?」

三国志の小説やドラマなどをひと通り見てきたけれど、話の内容はだいたい理解できているが時代背景や物語の進み方が蜀目線で進められていることに疑問がある方はどれくらいいるでしょう? 本記事ではそのような今さら聞けない三国志の疑問についてご説明いたします。


知られざる三国志のマイナーエピソード!これが意外と面白い

知られざる三国志のマイナーエピソード!これが意外と面白い

三国志の世界にはあまり表立って語られていないマイナーなエピソードがいくつも存在しています。その中には思わずクスッと笑ってしまいそうなものも隠されているはずということでネット上に落ちているマイナーエピソードや噂などをまとめてみます。


三国時代のスーパードクター華佗元化とはいかなる人物か追及してみた。

三国時代のスーパードクター華佗元化とはいかなる人物か追及してみた。

名医。それは最高の医者におくられる最高の称号でありますが、三国志の時代にも名医と呼ばれる医者がおりました。あまり多くの人には知られてはいませんが、彼の名前は華佗元化と言います。今回はそのスーパードクター華佗元化について紹介したいと思います。


三国志入門!どんな媒体から勉強すれば良いの!?

三国志入門!どんな媒体から勉強すれば良いの!?

これから三国志を勉強し始める人はなにから勉強すればよいのかわからないかと思います。そこで様々な媒体がある三国志ですが、勉強しやすい媒体などを紹介していきたいと思います。


三国武将単体ならば誰が最強!?個人的にランキングをつけてみた。

三国武将単体ならば誰が最強!?個人的にランキングをつけてみた。

三国志の世界には魏、呉、蜀がありそれぞれには当然武勇に優れた人物も多くいます。今回は独断と偏見で強いと思う武将を紹介していこうと思います。それでは三国志最強の武将の待つ世界へ!レッツ三国!!!


最新の投稿


西涼の強兵 蜀漢を支えた馬一族の台頭

西涼の強兵 蜀漢を支えた馬一族の台頭

劉、曹、孫一族など皇帝を輩出した一族を筆頭として、三国志ではいくつかの一族が台頭します。曹操(孟徳)によって滅ぼされた袁一族、三国志の最終的な勝者となった司馬一族、そして、西涼から立ち上がり一時は長安を占領した馬一族もそのひとつです。三国志後半の蜀漢において重要な役割を果たす馬一族の活躍ぶりを見て行きます。


赤壁の戦いの真実

赤壁の戦いの真実

三国志の中で最大の合戦と言われる「赤壁の戦い」。演義では諸葛亮の圧倒的な才覚の前に周瑜や魯粛もタジタジで曹操がコテンパンにやられます。ですが、東南の風を人為的に起こしたり関羽が曹操を見逃すのを見越したりと流石に現実的にはちょっと・・・というシーンも多々あります。正史の赤壁の戦いは一体どうだったのでしょうか?


三国志・諸葛亮孔明と記すことは間違いなのか?

三国志・諸葛亮孔明と記すことは間違いなのか?

三国志の登場人物たちの名前は「姓」「諱」「字」に分けられますが、「姓+諱+字」で表記することは間違っているのでしょうか?


劉備(玄徳)の死後も続いた諸葛亮(孔明)との微妙な関係

劉備(玄徳)の死後も続いた諸葛亮(孔明)との微妙な関係

劉備(玄徳)と諸葛亮(孔明)は「水魚の交わり」と言われるほど密接な関係だったようです。これには義兄弟の関羽(雲長)と張飛(益徳)もヤキモチを焼いたのだとか。しかし、史実では密接な関係であると同時に微妙な関係にあったことも読み取ることができます。


劉備に仕えた龐統(士元) 惜しまれた大賢人の短い生涯

劉備に仕えた龐統(士元) 惜しまれた大賢人の短い生涯

諸葛亮(孔明)と同等かそれ以上の才能を持つとも言われた龐統(士元)。赤壁の戦いの頃から三国志に登場しますが、その才能を十分に発揮することなくこの世を去ってしまいます。短くも深く色濃い生涯となる「龐統(士元)の三国志」を見て行きます。


https://sangokushirs.com/articles/196