英雄たちを変えた予言と夢。彼らにどんな未来をもたらしたのか

英雄たちを変えた予言と夢。彼らにどんな未来をもたらしたのか

三国志演義における予言や夢が、英雄たちの未来を左右することもあります。関羽や魏延が見た夢とは?劉備(玄徳)や曹操が受けた予言は、どういう未来につながったのでしょうか。


予言 劉備(玄徳)編

三国時代には、司馬徽(しばき)という鑑定家がいました。「水鏡」という字を持つ彼は、ある出来事と共に後世にも知れ渡りました。

劉備(玄徳)は後継者争いから逃れるため、水鏡に匿ってもらいました。当時軍師に出会えなかった劉備(玄徳)は、水鏡に相談に乗ってもらったのです。すると水鏡は、「伏龍と鳳雛(ほうすう)のどちらかを得られたら、天下を取れる」と予言します。

劉備(玄徳)が名前を聞いても水鏡が笑ってはぐらかすため、後述の徐庶に尋ねたといいます。

伏龍と鳳雛

劉備(玄徳)が最初に出会った軍師は、徐庶です。その徐庶によると、伏龍は諸葛亮、鳳雛はホウ統を示すのでした。
徐庶は、曹操の計略に嵌って劉備(玄徳)の元を去ってしまいます。

やがて劉備(玄徳)は、伏龍である諸葛亮の家へ。諸葛亮と初めて対面するのに3度かかったことから、「三顧の礼」という言葉が生まれました。

一方、鳳雛と呼ばれるホウ統は、自ら劉備(玄徳)の軍師となります。彼は蜀建国前に(敵によって)殺害されますが、蜀の未来はやがて諸葛亮が担うことになったのです。

残念ながら天下統一の夢は実現していません。しかし、水鏡の予言が無ければ、「天下三分の計」という異例の歴史が起こらなかったのです。

予言 曹操編

道術士の左慈に振り回されていた曹操。とある怪奇現象を見て病に倒れたあと、管輅という人物の元を訪れました。管輅は、相手の寿命をしっかりと当てる占い師です。そこで曹操は自分の寿命と天下の行方を尋ねますが、管輅はそのことについてなかなか答えてくれません。

曹操は質問を変え、蜀と呉について占ってもらいました。
「呉は大事な人材を失います。蜀は、恐ろしい軍勢があなたを襲うでしょう」
よく当たると当時有名な管輅ですが、曹操は彼の答えを疑いながら帰りました。

魯粛の死と蜀軍からの攻撃

その予言はズバリ当たっていました。

呉の官僚である魯粛が、この世を去ったのです。赤壁で活躍した周瑜亡き後も、呉を支える重要人物でした。

一方、蜀の脅威も実現しました。劉備(玄徳)率いる蜀軍は、馬超と張飛を連れていたのです。馬超は、父の仇として曹操を憎む猛将。張飛は関羽と同等の強さを誇ります。張飛の場合はそれに加え、かつて長坂橋で曹操軍を退けたこともあります(単体で)。

洛陽など大都市に向かうには、漢中という地域の制圧が必要不可欠でした。曹操軍こと魏は漢中を所有していましたが、蜀に略奪を許してしまいます。ここでの蜀は豪傑揃いだったため、魏はやむなく撤退することにしたのです。

夢 魏延編

さて、ここからは魏延・関羽・曹操が見た夢の話になります。まずは魏延からご紹介します。

五丈原の戦いでは、魏延が裏切るという事件が起こりました。彼はその事件で斬られるわけですが、諸葛亮が亡くなった夜に夢を見たのです。

魏延の頭に2本の角が生えました。周囲の武将が「麒麟も龍も角が生えているんだし、きっと良いことあるよ」と言ったため、魏延は大いに喜びます。ところが、この意味は彼らが言ったことと真逆を示すのでした。

「角」は、「刀」と「用」で構成されています。そこから「刀を用いる」という言葉を作れるので、ここでは「魏延の頭に刀を用いる=死」という意味になります。

魏延と同じ夢を見たらちょっとゾッとしそうです。

夢 関羽編

荊州の長官としてその地を守っていたころ、関羽も奇妙な夢を見ました。黒く大きい豚に左足を噛まれたのです。養子の関平はこれに対し、「豚は龍と同じくらいすごい存在なので、天に昇れるはずです」と答えました。

しかし、前項の「角」の意味を知ると、「天に昇ること」もあまり良いニュアンスを感じられないでしょう。文字通り、昇天は「死」を示すからです。
関羽が呉に捕らわれ、処刑された時間は亥の刻。まさに豚を指していました。
(24時間で言うと、およそ21~23時ごろ)

ところで、なぜ関平の口から「龍」が出てきたのでしょうか?おそらく豚が龍の起源説として存在していたからでしょう。起源説は豚のほかにも、馬やワニ・恐竜も挙げられます。

夢 曹操編

赤壁の戦いで敗れたあと、濡須口で呉と戦っていた魏軍。魏は合肥(赤壁~濡須口の間の出来事)で呉を破ったものの、濡須口では苦戦を強いられたのです。

曹操はある夢を見ました。長江の中にある真っ赤な太陽。空にも2つ並んだ太陽。合わせて3つの太陽は、まさに夢らしい夢でした。水中の太陽が昇ったと思いきや、轟音が響き渡ります。
その水中の太陽は、自軍の陣地前にある山に落ちました。曹操がその山に向かったとき、呉の孫権がいたのです。

曹操は「孫権がいずれ帝王になる」と予測し、全軍に退却を命じたそうです。当時は流行病もあったため、この退却は正しい判断といえるでしょう。さらにこの頃結ばれていた呉と魏の和平条約は、当然ながら破棄されました。

悪夢から逃れるために

樊城で捕えられた関羽と関平は、呉の呂蒙らに殺されました。その後、呂蒙は全身の毛穴から出血して他界。曹操が関羽の首を手厚く葬りましたが、彼も悪夢と心身の不調に悩まされていました。

曹操は気持ちを入れ替えるべく、大楼の「建始殿(けんしでん)」を建てることにします。優れた職人を見つけた彼ですが、(素材として)巨木を見つけることが課題でした。

30m以上の梨の木を見つけた曹操。その木をさっそく切らせましたが、斧やのこぎりでは傷1つ付きません。しかし、曹操が幹を切り付けた途端、血のような樹液が大量に飛び散ったのです。やがて曹操はこれを機に病死してしまいました。

夢から逃れるどころか、現実で起きた悪夢に悩まされることとなったのです。

英雄の生死に関わる夢と予言

三国時代における予言や夢は、その武将の人生を大きく左右します。

特に夢は、普通では考えられないような結果をもたらすこともあります。魏延や関羽の場合が周囲の話を真に受けていたのに対し、太陽の夢を見た曹操は現実的な判断をしたといえます。

しかし、関羽の死後に見た悪夢は相当キツかったのでしょう。曹操は個人の願いをかなえるべく、梨の神が祟る大樹を切ったわけです。

夢に対する解釈はさまざまで、話のタネにすることも多くあります。予言だって、いつの時代も信じがたいもの。
いかなる予言であれ、行動に移した劉備(玄徳)と曹操もやはり英雄に値する存在です。

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