知らなきゃ良かった? 三国志の伝説の美女 貂蝉と二喬

知らなきゃ良かった? 三国志の伝説の美女 貂蝉と二喬

三国志の美女といえば、貂蝉と二喬。知りたくはないと思いますが、彼女らの隠れた逸話をご紹介しましょう。


貂蝉にモデルが居た

三国志演義に出てくる美女といえば、真っ先に浮かぶのは貂蝉ではないでしょうか。わずか16歳で暴君董卓と猛将呂布を手玉に取った伝説の美女です。レジェンドだけに逸話は多く、彼女は実在しない三国志演義のだけの人物だった、というのは今では周知の事実ですね。しかし、彼女にもモデルが居たってご存知でしたか。
正史「三国志」によると、呂布が董卓の侍女と密通していたという記述があります。しかし董卓にバレるのを恐れた呂布が王允に相談したところ、打倒董卓を考えていた王允が呂布を利用し董卓を打たせることを考案。そこで呂布に「董卓を殺せばいい」と進言したところ、ちょうど董卓と確執が生まれていた呂布はその甘言にのり王允の言うとおり董卓を殺してしまった、というのです。これが、美女連環の計の元ネタで、つまり、貂蝉のモデルはこの董卓の侍女ということになります。彼女が伝説の美女かどうかはもう分かりませんが、作者はこの逸話から話を膨らませ、「閉月美人」という言葉に演義の中でも有名な「美女連環の計」というエピソードまでを生み出し、何百年も語り継がれる物語に作り上げたと言うことになります。

演義の素三国志平話から

元の時代に刊行された三国志平話の頃から貂蝉は存在していました。物語の中だけですが。勿論美女連環の計の役所は同じです。しかし彼女、王允の養女でも歌妓でもなく呂布の正妻でした! 臨チョウ府で生き別れたという。その後王允の家で世話になり、その後はほぼ同じ話になっているようですね。

貂蝉の扱いが酷いんです

美女連環の計の為作られたと言っても過言ではない貂蝉、そのせいか董卓死後の扱いが酷いです。やれ曹操に見初められただのその頃一緒に居た関羽が一目惚れしただの。あげく曹操に譲ってもらった貂蝉を関羽さん、美女にうつつを抜かしてはイカンと斬り殺したりとメチャクチャです。いやいや、養父王允に忠義を尽くした貂蝉はそんな尻軽じゃないと、自害説もあります。レジェンドも楽じゃありません。この扱い、余りに酷すぎると思いませんか。貂蝉はいわば董卓を倒すきっかけを作った、重要人物。どっかの呑んだくれよりよっぽど忠義に厚い人物だと思いますけど、作者はそこまで考えなかったのでしょうかねぇ。

どこから持ってきたソレ

最も笑える民間伝承の紹介です。空いた口が塞がらず顎が外れそうなお話。
それは「貂蝉は元々不細工だった」説。女を使って董卓を色仕掛けで何とかとしようと考えていた王允、養女にした貂蝉が不細工で困ってしまい華佗に相談します。そしたら華佗さん、どこから見つけてきたのか伝説の美女西施の生首を持ってきて、貂蝉のそれとすげ替えたって話です。仕上げに気が小さい貂蝉の肝を何とかしようと、これまた怪しい事に始皇帝の暗殺を企てた刺客荊軻の肝を移植しちゃうんです。
 おい、ソレどこから持って来たって事ですよ。いやいや、現在の医学でもソレ無理だから。時間経ちすぎてますし、ええ。
 このように笑える逸話から腹立つ逸話まで、語り継がれる貂蝉のお話。彼女の人気度と知名度が良くわかりますね。華佗が死人の体を寄せ集め貂蝉を造ったという話はこの逸話から生まれたのかもしれません。

TV版三国志の貂蝉と呂布

本国を始め世界中で大人気を誇ったTV版三国志ですが、この中での貂蝉の描かれ方は今まで見た中でも最高でとても気に入ってます。演じた女優の陳紅も可愛くて、役にぴったりでした。貂蝉ファンから見ると、やっと貂蝉を女として扱ってくれたんだと本当に嬉しかった。京劇の貂蝉なんてスーパードライで、心がないですからね。
 そんな貂蝉と呂布との出会いは長安への道中に起きます。貂蝉が乗っていた馬車が暴走し谷に落ちかけたところを呂布に助けられる、というロマンチックなもの。その後お互い惹かれ合い、恋に落ちるという設定です。そこに王允の計略が出てきて、ああここから貂蝉の悲劇がはじまるんだ、と見ていて辛かったです。一途に呂布に恋する貂蝉が可愛くて、同じく貂蝉を愛する呂布も好男子として描かれていて好感が持てました。この二人は必ず死後結ばれて欲しいと思わす願ってしまうほどです。お陰で呂布の処刑を暗に勧めた劉備が嫌なやつに見えましたもん。実際嫌な奴だったけど。お前の身内の飲んだくれのせいだとろうと、思った方いますよね。
 話を戻して、このドラマで悲劇の美女貂蝉の魂は救われたのではないかなと個人的に思ってます。数百年後、この話が貂蝉の逸話のひとつになると良いですよね。

大喬、小喬二人のお父さんは

次いで出てくるのは大作映画「レッド・クリフ」で周瑜の妻、曹操がこの美女欲しさに戦を起こしたんじゃないかと言われる傾国の美女小喬、そして孫策の妻姉の大喬です。貂蝉に比べ余り話に出てこない二喬ですが、彼女らにも隠れた逸話がありました。
 さて、姉妹の父親ですが、呉書にも喬公とあり、一説では喬公とは喬玄のことだとされてますが実際はよく分かってないようです。
 喬玄といえば霊帝の時代三公の一つ大尉に就いたほどの大政治家。
 その頃はまだ無名だった曹操の訪問を受け、それに感動した喬公は、妻子を託したいとまで口にしたと伝えられています。そんな彼ですが、黄巾の乱の前に病死してます。彼が病死していなければ、二喬の運命も変わっていたかもしれません。
 演義では喬国老として、赤壁の後も呉で生きてますからややこしいです。

二喬が住んでいた場所は

 孫策、周瑜が二喬に出会ったのは揚州盧江郡の皖城です。ここって袁術の配下である劉勲が治める地でしたよね。そして彼は袁術亡き後皖城で袁術の妻子を預かっていました。そこを孫策に落とされたのです。結果袁術の妻子、劉勲の妻子も孫策の手に落ちたたわけですが、重要なのはこの時孫策と周瑜が二喬を手に入れたと言うことなんですよ、分かります? そうです、二喬は袁術と関係あったのではと邪推したくなりませんか。そんな美女、時の袁術が放っておくはずがないじゃないですか。

結婚後即未亡人の大喬 でも子供が……

北方三国志では、孫策は身分を隠し略奪婚に近い事をして大喬を手に入れてます。史実も似たようなもので、ほぼ強奪。ですが、ここまでして手に入れた美女なのに肝心の孫策、半年後に暗殺されます。そのわずか半年間ですが大喬さん、ほとんど表にはでてこない孫紹という子供を産んでます。生まれは孫策が殺された同じ年。あれれ? 計算が…… 孫策と大喬との子かは勿論不明ですが。

二喬は袁術の側室だったかも

二喬は喬玄から曹操に将来を託された、という逸話があるように本来なら曹操の元へ行くはずでした。でもお父ちゃんが死んだ後袁術の側室になり、その後孫策に略奪され、腹立った曹操が取り返してやる! と赤壁へ突入という、素晴らしい流れが浮かんで来るのですが如何でしょう。
 いや、妄想と言われればそうですが、二喬の流転の人生を考えるとそう思ってしまいます。
 美人に生まれるって、戦国時代だと洋の東西、日本も中国も関係なく辛いことですね。 そう考えると少なくとも「レッド・クリフ」での小喬は周瑜に愛され、大切にされ幸せそうでちょっと胸をなでおろしました。

最後に

如何だったでしょうか。貂蝉と二喬にまつわる話を調べてみました。楽しんでいただけると嬉しいです。お気に入りにしていただけるとまた頑張ってネタ探して来ますので、どうぞ応援よろしくお願いします。

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