美周郎嫁取り物語【後編】

美周郎嫁取り物語【後編】

大喬とねんごろな関係になってしまった周瑜の親友孫策。再三にわたる彼の誘いを受けて会いに行ってもいいかな…と思い始めた周瑜。いよいよ周瑜の嫁取り物語のクライマックスです。


第六章 道中の会話

第六章 道中の会話

第六章 道中の会話

周瑜は半ば強制的に屋敷から孫策に引っ張り出されてしまいました。孫策は周瑜の着物の袖を掴んでぐいぐい引っ張る。
「ちょっと歩きずらいんだが…」
オブラートに包んで周瑜は離せという意味で孫策に声をかけてみましたが、
「いいからいいから」
と言って孫策は袖を離すつもりはさらさらないようです。

周瑜はまだ妻帯することを考えていませんでした。なぜなら、仕事柄遠征や転勤などで女性と同じ屋根の下で愛し合う余裕なんてないと考えていました。
しかし、このとき周瑜も孫策もともに24歳。男性はいくつになっても結婚することができますが、24歳でまだ初婚をしていないのは当時からすると遅い方です。例に挙げるとすれば、曹操の初婚は19歳。献帝なんて10歳未満の年齢で結婚させられています。

(やっぱり自分もそろそろ結婚しないといけないのかな…?)
そんなことを考えながら喬公邸までの道中を歩いてきました。
その間孫策は大喬と小喬がどれくらい美しいのか。彼女たちの趣味のこと。喬公邸の桃園のことなどいろいろな話をして周瑜に興味を持たせようと頑張っていました。周瑜は適当に「そうか…」、「それは見ものだな」などと適当なあいづちを打ちながら、親友のハートを射止めた女性の容姿や仕草をイメージしていました。

喬公邸が見え始めたころ。ポロンポロンと琴を弾く音色が孫策と周瑜の耳に入ってきました。
「琴をたしなむ方々なのか!!」
さすがは周瑜。音楽をたしなむ彼は琴を奏でる音を聞いて、つい食いついてしまいました。孫策は、周瑜の方からやっと二喬について興味がありそうなことを聞くことができたので少し驚きました。そしてニヤニヤしながら周瑜の脇腹を肘でツンツンつついて、
「どうだっ!?二人の琴の腕前は見事なものだぞ、お前も音楽家だからぴったりじゃないかな?」
「うっ…うん。でもまだ会ってみないとどんな娘かわからないからな!!」
二喬に惹かれている図星を疲れて照れ隠しのために、ついつい去勢を張ってしまったのですが、そんなことなど孫策は分かっていることでしょう。

しばらくは孫策が「どっちが弾いてるのかな?」、「大喬ちゃんならいいなー」とくだらない問答を繰り広げて二人は歩を進めました。

第七章 周瑜と小喬の初対面

第七章 周瑜と小喬の初対面

第七章 周瑜と小喬の初対面

周瑜は初めて自分のほうから女性の家を訪ねるので、門前でモジモジしていました。
「行くぞっ公瑾!!」
「うわっまだ心の準備が…」
誰に対しても怖じ気づくことなく接することができる少々せっかちな孫策は、煮え切らない状況を見ていてもたってもいられず、周瑜の手を引いてズンズン進んで玄関まで連れてきてしまいました。

「いらっしゃいませ!!」
元気に明るく出迎えたにこやかに笑う女性は、どうやら姉の大喬のようです。それは、孫策のデレデレした態度を見ればわかります。大喬は色白で黒く長い髪をひざ下まで垂らしている妖艶な女性でした。青竹のように細くしなやかな細身からは姉として育てられたせいなのか、姐御オーラのような覇気が感じられました。それは周瑜の手を引いている孫策からも同じような気を感じ取ることができます。

部屋の奥まで目を向けると妹の小喬であるらしい女性がお茶を入れているところでした。小喬は鮮やかな桃色の衣装を纏い、黒く艶やかな長髪に華の簪を挿して妖艶な風貌をかもし出していました。肌の色は姉の大喬と同じように透き通るような白さで、細い身体はまるで柳の枝のようにしなやかでした。彼女からは周りの空気をパァッと明るくしてくれるような可愛らしい雰囲気が感じられました。

(なんて美しい女性なんだろう…)
さすがの周瑜も小喬に心を惹かれてしまったようです。

第八章 小喬の無理難題

第八章 小喬の無理難題

第八章 小喬の無理難題

大喬は妹を部屋の隅まで引っ張って行き、このように囁きました。
「どう?気に入った?私も周殿のような美しい殿方を見たのは初めてよ」
小喬はひと目見て周瑜を気に入ってしまいましたが、やはり小喬は高飛車な女性でした。

一個大喬ニ小喬   (姉は大喬 妹は小喬)
三春容貌四季嬌   (春の華のようで四季の美しさ)
五顔六色調七彩   (そのあでやかな美しい容貌)
難劃八九十分描   (絵筆ではとても描ききれない)

小喬は以上のような詩を周瑜にしたためて送りました。これはただのプレゼントではありません。恋の詩を送られたら答詩といって送られた詩と同等かそれ以上の趣ある詩を読まなければなりません。小喬の詩には一から十までの数字が巧みに織り込まれていて、それを今度は十から一を読んでいる答詩を一晩のうちに作れと制約をつけて無理難題を周瑜に押し付けました。

本当はそのようなことをしなくても周瑜に嫁ぐつもりであったのに、目の前の男が見かけがよいだけの凡人ということでは納得がいかない。そのため口説いてくる男たちを諦めさせるためにあらかじめ考えておいたこの詩をお題として提示したのでした。

周瑜もはじめは驚きましたが、目の前にいる小喬がただ美しいだけの娘ではなく、優れた文才を兼ね揃えていることを知って興味が湧きました。
それまで周瑜に言い寄ってくる女性は多かったのですが、小喬ほどの魅力を持った女性には巡り会ったことがありませんでした。周瑜は難題をもらいながらその夜は自宅へと戻っていきました。
参考文献:三国志外伝、鳳凰二喬より引用

第九章 悩める周瑜

第九章 悩める周瑜

第九章 悩める周瑜

小喬から贈られた詩はなかなかの難題でした。
答詩は十から始まるものを作らなければならないのに、気持ちはあせるばかりでなかなかいい詩が浮かびません。

(ちょっと外の空気を吸って考えてみようかな…)と考え、周瑜は部屋の外に出て気分転換をしたとき、宵闇には白い輝きを放つ月を顔を覗かせ、ついそれに見とれてしまいました。その日はちょうど葉月(八月)の十九日。ふと、廊下の横に目を向けると、歩哨の兵士六人が全員眠りこけていた。宵闇が徐々に明るくなってきて、そうしているうちに鶏が三度鳴くのが聞こました。
「コレだっ!!」
周瑜ははっとひらめいて、すぐに部屋にもどり詩を書き出しました。

第十章 縁談成立

第十章 縁談成立

第十章 縁談成立

「伯符!、伯符!」
「んっ!なんだ公瑾か。こんな朝早くから起こしやがって、お前は何を考えているんだ?」
周瑜は目の下にくまを作ったまま早朝、孫策の部屋を訪れていたのでした。
(こいつ…自分のことは棚に上げてよく言えるな…)と思いましたが、今はそんなくだらないことで押し問答を繰り広げている場合ではない。昼前には小喬に答詩を渡さなければいけないからです。

「すまん。小喬殿に答詩を詠まなければならないから、ついてきて欲しいんだ」
「ははーん。さては公瑾、小喬ちゃんが好きすぎて早く会いたいんだろ?」
「ちっ違うよ…俺はただ答詩を…」
「わかったわかった、まー落ち着けよ。朝はまだまだこれからだぞ。それに女子は男と違って化粧をするから時がかかるのだ。あと一刻(2時間)経ったら出発しよう。」

孫策と周瑜は日の出から一刻後に出発しました。喬公邸に到着すると二喬はすでに着替えや化粧を済ませて待っていてくれたようでした。
周瑜は小喬に歩み寄り、たった数時間前に完成したばかりの答詩を詠みました。

十九望月八成園   (十九夜の空の月は八分)
七人巳有六人眠   (七人のうち六人が眠り)
五更四点鶏三遍   (鶏が三度鳴いて五更を告げ)
ニ喬出題一夜難   (二喬の難題に苦労して一夜を明かした)

小喬はこの詩の出来栄えにほれぼれとしました。やはり私の見込んだ男はただのイケメンが取り柄の若者ではなかった、そう確信した彼女は姉の大喬にこう告げました。
「姉上!!私、周瑜様の伴侶になりとうございます!!」
これを聞いた周瑜も孫策に小喬を娶りたいと正式に申し出て、周瑜と小喬の縁談は成立しました。
参考文献:三国志外伝、鳳凰二喬より引用

第十一章 小喬、周瑜に惚れ直す

第十一章 小喬、周瑜に惚れ直す

第十一章 小喬、周瑜に惚れ直す

孫策は意気揚々として
「うん、実にめでたい。一緒に婚儀をあげよう!これで晴れて俺達は本当の兄弟になるのだ」
と喜びました。
「それでは一曲奏でましょうか?」
と大喬が気を利かせて提案します。
すると即座に周瑜が
「それでは、昨日演奏した曲を奏でてくださいませんか?」
とリクエストしました。
「私が奏でましょう」
と申し出たのは小喬です。

琴の演奏が終わると周瑜が微笑みながら口を開きました。
「小喬殿の琴はたいへん素晴らしい。しかしながら、昨日琴を奏でていたのは姉上のようですね。小喬殿はもう少し練習が必要です。」

これには周瑜以外の3人はキョトンとしていました。
「ええ…たしかに昨日奏でていたのは私ですが…どうしてお分かりになったのですか?」
大喬が孫策、小喬の代弁をして疑問を周瑜にぶつけました。
「たしかに大喬殿と小喬殿の琴線の触れ方は似ていらっしゃる。しかし、さきほどの演奏では2音間違っておりました。正確さの上では大喬殿のほうが勝るのでしょう?」

「がはは、さすがは公瑾だな!!、公瑾は酒に酩酊していても楽士(宮廷音楽家)がたった一音間違うだけで必ずそやつを振り返って睨むのよ」
孫策が盛大に笑って周瑜の才能を褒めちぎります。
「まあー音楽にも秀でていてらっしゃるのですか?」
小喬はこれを聞いてますます周瑜のことが好きになったようでした。

あとがき

あとがき

あとがき

※注意
美周郎嫁取り物語での会話部分やシーンの描写は筆者によって少々のフィクションを加えています。詩や会話の大まかな流れは京劇や講談の脚本を参考にしました。

美周郎の嫁取り物語を2本立てでお送りいたしました。
最近では婚活サイトや婚活パーティーといった結婚相手を紹介するビジネスとして確立しています。周瑜と小喬のように友達や家族などの身近な人から紹介されて運命の出会いを果たす男女も少なくありません。
婚活サービスにお金をかけて理想の相手を追い求めるのもよいと思いますが、まずは周りにいる身近な人を頼り人脈を広げて異性と交流するのも考えてみてはいかがでしょうか?


この記事の三国志ライター

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