戦争や政争のさなかに起きた怪事件
■ 戦争や政争のさなかに起きた怪事件
戦争や政争のさなかに起きた怪事件
世の中が動乱の渦に巻き込まれると、乱世には奇奇怪怪な事件が起きるとされています。曹操と劉備が戦禍を交えたときには、一月余りもイナゴが大量発生し大飢饉に見舞われ、「天が曹操を怒っているので、天災を与えた」と世の中の人々は恐れおののきました。さらに孫権が長男と次男に賜死を言い渡したことで無理矢理終息させた孫家お家騒動の後には、孫家が代々ご神木として祀っていた樹が一夜のうちに根こそぎ倒木したと伝えられています。
さてさて、それでは今回の怪談をお送りしましょう。
蛇の仇討ち
■ 蛇の仇討ち
蛇の仇討ち
四川省邛都県(きょうとけん)に、貧しい老婆が独り淋しく住んでいました。食事のたびに頭の上に角がある小蛇が、寝台のそばへ現れました。
老婆は、不憫に思い、食べ物をやったところ、蛇は一丈あまりも大きくなりました。
邛都県知事は、駿馬を一頭もっていましたが、何かのいきさつからか、老婆の大蛇は、この馬をひと呑みにしてしまったのです。
さあ大変です。知事は老婆を責め苛みました。老婆は「蛇は寝台の下にいます」と告げたので、知事はそこを掘らせたところ、掘っても掘っても、穴が大きくなるばかりで蛇は見つかりません。知事は八つ当たりの結果老婆を殺してしまいました。するとすぐに蛇は人間に姿を変えて、「なぜ我が母を殺したのか、当然母の仇をとってやるぞ」知事をどなりつけました。
これ以来、知事の耳元に毎日夜になると雷や、風のような音が聞こえてきたのです。
四十日あまりたって、人々は知事を指さし、
「なぜ頭に魚がのっかっているんだろう」と互いに顔を見合わせ、驚きました。その夜、町は一瞬の間に四十里四方陥没して、湖となってしまったのです。この湖を土地の人々は陥湖と呼ぶようになりました。ただ老婆の家のみ無事で、何百年もちゃん形をそのまま留めて残っていたということです。
漁師たちは、出漁するときには、この老婆の家に泊まりました。すると暴風雨のときでも、老婆の家の近くにいれば、平穏無事だったそうです。
風もなく、水が澄んでいるときには、町や、高殿・櫓などが整然として水没しているのが手にとるように見えたということです。
道士の予言
■ 道士の予言
道士の予言
高平郡の郗超(ちちょう)は、字を嘉賓(かひん)といって、二十歳のころ、重病にかかりました。
蘆江郡の杜不愆(とふけん)は、母方の祖父について易学を学び、十分な経験を積んだ人でした。
病に苦しむ超は、彼に占いをしてもらいました。やがて、占いのかたちが現れて、愆はそれを説明してくれました。
「占いによれば、君の病気はまもなくなおるだろう。しかし東北の方三十里離れた姓は上官というお方の家で、かっている雄の雉を探し求め、籠に入れて自宅の東の軒下に置きなさい。九日経つと日の丙午の日の正午に、雌の野生の雉が飛んできて、雌雄の契りをするだろう。そして雌雄ともに並び飛び去るはずだ。すると二十日経たないうちに、完全に病気は治る。これはたいへんな吉兆だ。君の寿命は八十歳ということになるだろう。また人民として最高の地位を得るだろう。もしも、ただ雌だけが飛んでいって、雄がそこに残ったならば、一年で病気は治るだろう。しかし、寿命は八十歳の半分で、名誉も地位も失われるだろう」
超はそのとき危篤状態で、命は今日か明日かの瀬戸際のあり様だったので、笑って答え「もしも八十歳の半分、四十歳の寿命を保つことができれば、十分すぎるくらいです。また一年で病気が治るのなら、なんで長患いなんていえましょう」超は、彼の言を信じてはいなかったのです。
しかし、ある人の勧めで、占いの通り、姓は上官という家で、雄の雉を得て、丙午の日の正午、超は南の軒のそばに臥して(がして)雉の籠を注目していました。日も暮れかけて、本当に雌の雉が籠の中に飛来して、雄の雉と交わって飛び去ったのです。雄の雉は、籠の中に残ったままでした。超は、感激して「杜不愆こそ最高の易占の大家である」と思いました。
その占いのとおり、超の病も一年経って治りましたが、四十歳になって、中書郎のまま亡くなってしまいました。
剥いだ人間の皮に絵を描く鬼女
■ 剥いだ人間の皮に絵を描く鬼女
剥いだ人間の皮に絵を描く鬼女
王さん美女に出会う
■ 王さん美女に出会う
王さん美女に出会う
太原の王さんが、早朝ふろしきつつみをかかえた女に出会いました。疲れ切った歩き方で、王さんは顔をのぞき見ますと、
やっと16になったくらいの大変な美女でした。王さんはすっかり嬉しくなって、声をかけました。
王さん「なぜこんな時間にたった一人で歩いているの?」
女性「通すがりのお方が、私の気鬱を解いてくださるのでもないのに、私にかかわらないでください
よ」
王さん「あなたの気鬱には、お力になれるかもしれませんよ?」
すると女は暗然として、
女性「両親の強欲の犠牲となって、大金持ちのところに妾奉公です。ところが奥さんのヒステリーが
ひどくて朝は朝で罵倒され、夜は夜でぶっ叩かれて、遠く逃げ出してきたのです」
王さん「どちらへ?」
女性「逃げる身で、あてなんかありません」
王さん「私の家は、近いところにあるんです。よかったらどうぞ」
女は喜んでついてくることになり、王さんは彼女の包みを持って、いそいそと一緒に家へもどってきました。
女は部屋を見回しても人がいないので、
女性「ご家族はいらっしゃらないんですか」
王さん「ここは書斎だからだよ」
女性「こことっても気に入ったわ、私を不憫と思って助けてくださるならば、必ず秘密にして他に漏
れないようにね」
夫婦げんか
■ 夫婦げんか
夫婦げんか
王さんは承知して、女を置くの隠し部屋にかくまいましたが、数日たっても家族の人々に気付かれませんでした。
王さんは、ちらっと妻の陳氏衣に女の話をしたところ、陳氏は大家の妾ではないかと見当つけて、問題にならないうちに出したほうがよいと勧めたのですが、王さんは聞きいれません。
美女の正体
■ 美女の正体
美女の正体
さて偶然、王さんが町の中である道士に出会ったところ、彼は大変驚いて、
道士「貴殿はなにか怪しい者と情を通じていらっしゃるのではないか」
王さん「そんなことは全くありません」
道士「貴殿の身には、邪気が一杯まとわりついている。なぜないとおっしゃるのか」
王さんは居丈高になって、つっぱりました。道士はそのまま立ち去りながら、捨てゼリフでもいうのでしょうか。
王さん「迷いも迷ったもんだ。死が目前に迫っているというのに、世間にはわからずやという者がい
るもんだ」
王はその言葉で、やや女を疑ってみましたが、「女はまぎれもなく、すばらしい美女。なんで妖怪なんかであろう。道士の奴、ご祈祷料でも狙ってのことだろう」と考えました。しばらくして、書斎の門までくると入ることができません。おかしいなと壊れた土塀を乗り越えて、部屋の入口にくると、やはりここもしまっています。王さんは抜き足差し足、びくびくしながら、そっと窓からのぞき見しました。
青い顔の凶悪な鬼女、歯はギザギザの鋸、身の毛もよだつその鬼女は、人間皮を寝台の上にひろげ、せっせと絵筆をとって、なんと絵を描いているのです。絵ができあがると、筆を投げ捨てて、その皮をひとふりしてパッと羽織るとピシッときまって、水際たった美人に変化したのです。この様をみた王さんは、度肝をぬかれ、ぶるぶると震えながら、四つん這いで逃げ出しました。急いで道士を追いかけましたが、わかりません。やっと、野外で見つけて救いをもとめました。
道士は、「何としてものぞいて差し上げよう。鬼女はあなたという自分の身代わりを見つけたところを、殺すには忍びないことだが」と述べて、払子を奥の部屋の寝室の入り口にかけるように命じ、青帝廟で会いましょうと約束しました。
家にもどった彼は、こわくてこわくて書斎に入ろうともしなかったのです。奥の部屋に閉じこもって、道士の与えた払子をただただ見守っているだけです。
鬼女によって命を奪われる
■ 鬼女によって命を奪われる
鬼女によって命を奪われる
夜は八時ころ、門外でカツカツという音がしましたが、自分ではよう見ることもできず、妻の陳氏に覗かせると、鬼女が払子を見て、入ることもできずに歯をギリギリと鳴らして、どこかに行ってしまったということでした。ところが再びやってきた鬼女は、道士めが、いくら脅かしても、いったん口に入ったものを吐き出すものか」と言うと、払子をとって噛み砕き、入り口を押し倒し、王さんの寝台に乗り込み、彼の腹を引き裂いて、心臓を掴みだしてしまったのです。
妻の陳氏は号泣しながら、婢がもってきた燭で見ると彼はもう死んで、あたり一面血の海です。陳氏は呆然自失、声もでません。翌日、王さんの弟二郎を道士のもとへやりました。
「わしはもともとあの鬼女を不憫に思っていたが、こんなことを仕出かしたのか」
二郎とともに来た道士は、あたりを見回し、「鬼女は幸いまだ遠くに行っていないぞ」。
続いて、「南の家には誰が住んでいるのか?」と問うので、二郎が「小生が住んでいます」と答えました。
道士はしばらく目を閉じて、「そうか、今、鬼女は君の家にいるぞ」と平然と言いました。
二郎は驚きながら「我が家には怪しいものは絶対にいないと確信しています」と慌てて断言しました。
道士は「これまで、知り合いでもない人物が、来たかどうか、調べなさい」と指示をすると、
二郎もやはり己の目で確認するべきと考え、「朝、僕は青帝廟に出掛けていなかったので、帰宅して調べて参ります」
と伝えて一度帰宅しました。しばらくして二郎は戻って来て、「ほんとうにいました。今朝ある婆さんが来て、僕の家に雇われたいと頼みますので、妻が留め置いています」と切迫した様子で報告しました。
道士は人差し指を立てて「そいつが鬼女だ」と答えました。
鬼女退治
■ 鬼女退治
鬼女退治
道士は二郎とともにやってきて、木剣を庭の真ん中に突き刺して、
「化け物の鬼女、わしの払子を返せ」
老婆は、おろおろと慌てふためいて、顔は色を失って、門を出て逃げようとしたのです。道士は、ついに一撃を加えると、老婆は倒れ伏したとたん、人間の皮がパックリと剥がれ落ちて悪鬼に変化し、
あたりをのたうちまわって豚のように鳴くのです。
道士は、木剣で首を落として、さらし首にしました。身体は濃い煙となり、地面をはいずり回っています。道士は、瓢箪(ひょうたん)をとり出し、栓を抜いて煙の中に置きました。ヒュッ、ヒュッと吸い込んで、またたく間に煙は、吸い込まれました。道士は栓をして、ふくろに納めました。一同が、人間の皮をよくよく見ますと、眉、目、手、足、すべてそれっています。道士は、掛け軸でも巻くように、皮をくるくると巻いてふくろに納めて行こうとしました。
妻の陳氏は、門を出て号泣して、夫の起死回生の法を求めました。道士が絶対に不可能であると断ったのですが、陳氏は地べたにひれ伏して立とうとしません。
道士は申し訳なさそうな表情を浮かべ、「私の術が浅く、起死回生の術は不可能じゃ。代わりにある人を推挙しよう。なんとかなるかもしれんぞ」と呟き、続いて「町に狂人がいて、どろんこの中に寝転んでいる。ものはためし、頼み込むことだ。もし頼むと、夫人を辱めるようなことを言うが、決して怒ってはならないぞ」と教えてくれました。
意外な救世主
■ 意外な救世主
意外な救世主
弟の二郎は、その狂人のことを知っていました。そこで道士と別れ、兄嫁の陳氏と狂人の所へ出掛けました。狂人は、道端でバカ歌をどなり回って、三尺も鼻水を垂れ流し、汚さで傍へはよりつけません。陳氏は、土下座して、にじり寄りました。
狂人は、「お前は、おれに惚れたな」陳氏は夫の起死回生をこうと、狂人は大笑いして、「夫はいくらでもいる、生き返らせて、なんになるんだ」陳氏が何回も強く頼みますと、「とんでもないことを言うもんだ。死人を蘇らせろ、おれは閻魔大王じゃねーぞー」杖で怒りにまかせて陳氏を乱打しました。彼女はじっと耐え忍びました。町の人々が集まって、輪のように取り囲みました。
狂人は啖をゲロゲロ掌の上に吐いて、「これを食え」陳氏は真っ赤になって、くやしい思いをしましたが、道士の言葉を思って、啖を飲み込んだのです。啖はわたのようにかたまって、ゴロゴロと胸の所まで下りてきました。
「お前、よっぽどおれに惚れてたんだな」というと、振り返りもせずそこを離れ、廟の中に消え失せ、どこにいったか姿は全く見えません。
妻の願いよ…夫に届け!!
■ 妻の願いよ…夫に届け!!
妻の願いよ…夫に届け!!
帰宅した未亡人陳氏は、夫の悲惨な死、啖を食わされた辱めを思い、七転八倒のたうち回って、死を願いました。陳氏は夫の死体の鮮血を清め、棺に納めようとしましたが、家人は立ちすくんで近づくものもありません。露出していた腸もおさめ、子供のように泣きじゃくっていましたが、まえに胸のところまで降りてきたかたまりが、ゲェーッとほとばしり出て、夫の腹の中に入ってしまいました。それは夫の心臓でした。
死人の腹の中はグラグラと熱気が湧きあがり、煙のようにのぼってきました。陳氏は夫の腸の皮をピタッと合わせ、しっかりと抱きしめました。ちょっとでも手を緩めると、傷口から熱気が漏れてくるのです。そこで絹を裂いて緊縛し、死体を手で撫でさすっていますと、本来の体温を取り戻してきました。そして夜明けには完全に夫は蘇りました。
「ぼんやりとして夢のようだ。ただ心臓のあたりがちょっと痛いな」
王さんの傷口には銭と同じくらいのかさぶたができていましたが、それもすぐに癒えたということです。
羅漢中も怪談からインスピレーションを受けた
■ 羅漢中も怪談からインスピレーションを受けた
羅漢中も怪談からインスピレーションを受けた
みなさんもご存知「三国志演義」の作者である羅貫中は、水滸伝の原作を手伝ったり劇の脚本を手掛ける巨匠でした。そんな彼の著書の中には怪談話を収集した本があります。
それには「白髪妖魔伝」や「画皮伝」などの章があり、前者は香港映画「チャイニーズ・ゴーストストーリー」のモデルとされいます。「画皮伝」は近年やっと中国でドラマ化されましたが、本記事の最後に掲載したエピソードを羅貫中が読んで構想を膨らませたという噂があります。