孫氏の兵法の孫武(そんぶ)とは？

孫武は紀元前535年頃に斉国の大夫の家系に生まれ、若い頃から兵法に親しみました。彼は古代の戦略家や兵法書を研究し、特に黄帝や管仲などの用兵策略を学びました。

紀元前517年頃、孫武は一族内の内紛を避けて江南の呉国へ逃れ、そこで呉の宰相 伍子胥と出会い、その知遇を得ます。この出会いが彼の軍事キャリアの転機となり、後に呉王闔閭から重用されることになります。

紀元前512年、孫武は呉王闔閭に『孫子兵法』を献上し、その内容が高く評価されました。

紀元前506年には楚国との戦いで大勝し、少数の兵力で強大な楚軍を打ち破り、その戦略的才能が広く認識されるようになりました。この勝利は呉国の地位を高め、孫武自身にも多大な名声をもたらしました。

孫武の最大の貢献は、戦争における理論的アプローチを確立したことです。彼は「戦わずして勝つ」ことを重視し、敵を屈服させるためには戦闘を避けることが最善であると説きました。この考え方は、戦争を単なる力の衝突ではなく、心理的および戦略的なゲームとして捉えるものであり、後の軍事理論や戦略に大きな影響を与えました。

彼の思想は、単なる戦術に留まらず、国家運営や人間関係にも応用可能な普遍的な原則を含んでいます。『孫子』は古代から現代に至るまで、多くの指導者や経営者に影響を与え続けており、ビジネスやリーダーシップの分野でも広く引用されています。

時は古代中国の春秋戦国時代、斉から呉へと流れてきた孫武が、呉王　闔閭に進言した言葉は、あまりにも唐突すぎた。

「はい。美しい女官達でも軍隊を作ることが出来ます。」

宮中の誰もが嘲笑い、誰もが孫武を信用していなかった。

その日が来た。広大な宮殿の奥深く、静寂を切り裂くような声が響いた。孫武が宮中の庭で指揮を取っていた。彼の前には180人の美しい女官たちが列を作り、緊張感が漂っていた。

「今日は、軍律を教える日だ。これから、皆は軍隊の一員として振る舞ってもらう。」孫武の目は冷静で、その声には鋭さが宿っていた。

呉王闔閭はこの訓練を興味深く見守っていたが、どこか遊び半分の気持ちもあった。女官たちが軍隊のように行進する光景は滑稽に思えたのだ。しかも彼の最も愛する寵姫が隊長に任命され、笑い声が宮中にこだましていた。

「右に回れ！」孫武の鋭い命令が響いた。しかし、女官たちはくすくすと笑うばかりで、命令に従う様子はない。

「左に回れ！」再び命令が飛んだが、状況は変わらない。呉王の寵姫さえも、腕を組んで微笑むばかりで、全く真剣ではなかった。

その瞬間、孫武は静かに歩み出て、深い声で言った。「命令が理解されなければ、それは指揮官の責任だ。しかし、命令が明確で、理解されているにもかかわらず従わない者がいるならば、それは罰を受けるべきである。」

女官たちの笑い声が一瞬で消え、空気が冷たく感じられた。呉王は動揺し、孫武に思わず叫んだ。「待て！寵姫たちに厳しくしすぎるな！」

だが孫武は決然として答えた。「軍隊においては、私情は不要です。どれだけ愛する者であっても、軍律に従わない者は罰を受けます。」

そして、彼は迷うことなく王の最愛の寵姫を含む二人の隊長をその場で処刑した。呉王は怒りに震えたが、孫武は冷静にその場に立ち続けた。

「軍律が厳正であることが、勝利への道を切り開くのです。王よ、私はこれで終わりではありません。どうかこの結果をご覧ください。」

次に孫武が命令を下したとき、女官たちは一切の迷いなく、速やかに動き出した。彼女たちの動きはまるで訓練された兵士のように整然とし、揺るぎないものだった。

闔閭は驚愕し、感動の念が心に湧き上がった。彼の視線は孫武に固定され、その男の冷静な判断と揺るぎない意志に畏敬の念を抱いた。

「孫武よ、見事だ。お前の兵法は真実であり、その強さは計り知れぬ。これからはお前の指導に従い、呉国を守るために尽力することを誓う。」

孫武は静かに一礼し、呉王に背を向けた。その姿は、ただの軍師ではなく、この後、歴史に名を刻む戦略家としての威厳に満ちていた。

『柏挙の天鳴』

春秋の末期、雲は重く、空には不穏な風が吹いていた。呉国の王、闔閭（こうりょ）は、深い決意を秘めた表情で立っていた。彼の視線の先には、国を覆う大地、そしてその向こうに広がる強大な敵国、楚があった。楚との戦争の火種はすでに燻り、闔閭はその火を大きく燃え上がらせる時が来たと感じていた。

その時、闔閭の隣に佇む男、孫武が静かに口を開いた。「王よ、勝つためには、敵の心を打ち砕かねばなりません。兵法とは、ただ剣を振るうものではなく、知恵を用い、敵を惑わすものです。」

闔閭は孫武に強い信頼を置いていた。彼の名声はすでに広まり、伍子胥（ごししょ）という復讐心に燃える忠臣もまた、彼の力を信じていた。伍子胥は、かつて楚の王によって家族を殺され、楚への強い憎しみを抱いていた。彼の心の叫びは、やがて呉国全体を巻き込む戦争へと繋がっていった。

「楚は強大だが、内部は脆い。陽動を用いて彼らを惑わし、恐怖を煽り、戦意を喪失させるのだ。」孫武の言葉は静かだが、その眼差しには鋭い光が宿っていた。

戦争は始まった。孫武は兵を分け、楚国の広大な領土に偽の進軍を繰り返した。奇襲が行われる度、楚軍は混乱に陥った。楚の大軍はどこに本隊がいるのかを見失い、疲弊し、誤った判断を重ねた。孫武はその隙を逃さず、さらに一歩ずつ、楚の心臓部へと進んでいった。

ついに、紀元前506年、運命の決戦が訪れた。柏挙の地において、孫武率いる3万の呉軍が、20万を超える楚軍と対峙した。数の上では圧倒的に不利であったが、孫武の戦術は磨き上げられていた。彼は楚軍を虚を突いて打ち破る計略を編み出し、絶望の淵に立たせる。

夜、戦場の静けさの中で、孫武は最後の命令を下した。「敵は混乱している。恐怖に囚われ、正確な判断を下せない。今が決め時だ。」

呉軍は怒涛の如く進軍し、楚軍を壊滅させた。戦闘は凄まじいものであったが、その結末は鮮やかだった。楚の将軍たちは戦慄し、城は呉軍に落ち、楚の都、郢はついに呉の手に落ちた。

闔閭は、焼け落ちた楚の宮殿を見つめながら、孫武の元へと歩み寄った。「孫武よ、これはお前の勝利だ。我が呉の地位を揺るぎないものにした。」彼の声には、深い感謝と敬意が込められていた。

しかし孫武は、その眼差しを遠くに向けたまま、静かに答えた。「これは我が兵法の勝利ではありますが、戦争とは悲しみをもたらすものでもあります。楚の地に咲いていた命もまた、多く散りました。私たちが掴んだ勝利の先に、真の平和があることを願うのみです。」

楚との戦いは終わり、呉は強国として名を馳せることになった。だが、その影には数多の犠牲と、兵法に基づく冷徹な決断があった。そして、孫武の名は歴史に刻まれ、彼の戦略は後の世にまで語り継がれることとなった。

人々は柏挙の戦いを「天鳴」と呼んだ。まるで天が鳴り響くかの如く、勝利が突如として訪れたこの戦いは、驚愕と感動の中で後世に語り継がれていったのである。

孫武は「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という言葉を残しています。これは、戦うこと自体が目的ではなく、いかにして無駄な戦いを避けて勝利を収めるかが重要であるという彼の哲学を示しています。

長引く戦争が国力を消耗させることを理解しており、「短期決戦」を推奨しました。彼は、勝てる戦いだけに挑むべきだとし、無駄な消耗を避けるために迅速な行動を取ることが重要だと説きました。

孫武は情報の価値を非常に重視し、「情報には金を惜しむな」と述べています。彼はスパイ活動を通じて敵情を把握し、自軍の優位性を確保することが勝利につながると考えていました。
「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず」は、戦いにおける情報の重要性を説いています。

孫子の兵法は、現代ビジネスにおいても多くの影響を与えています。

〇競争戦略としての応用
孫子の兵法は、競争戦略としてビジネスに応用されています。ビジネスと戦争には共通点が多く、特に競争環境においては、孫子の教えが役立ちます。例えば、「戦わずして勝つ」という理念は、直接的な対決を避け、相手を無力化する方法を重視する考え方であり、これは市場での競争優位性を確保するための戦略として活用されています。

〇リーダーシップと組織管理
孫子はリーダーシップにおいても重要な教えを提供しています。彼は「知己知彼」、すなわち「自分を知り、相手を知る」ことが勝利の鍵であると強調しました。これは自己分析と競合分析が不可欠であることを示しており、現代のリーダーシップにおいても重要です。また、リーダーは自らの強みや弱みを理解しつつ、チームメンバーや競合他社の特性を把握する必要があります。

〇情報収集と心理戦
情報収集の重要性も孫子の兵法から学べる点です。彼は「情報には金を惜しむな」と述べており、情報戦略が勝利につながると考えていました。このアプローチは現代でもビジネスや政治において重要視されており、顧客との関係構築や交渉において非常に有効です。

〇柔軟な対応
孫子の哲学には、「柔よく剛を制す」という考え方も含まれています。これは強硬な手段ではなく柔軟な対応が勝利をもたらすという教えであり、変化する環境や状況に適応する能力が重要であることを示しています。この考え方は現代社会でも非常に関連性があります。

『孫子の兵法』は全十三篇から成り立ち、1『始計篇』、2『作戦篇』、3『謀攻篇』、4『形篇』、5『勢篇』、6『虚実篇』、7『軍争篇』、8『九変篇』、9『行軍篇』、10『地形篇』、11『九地篇』、12『火攻篇』、13『用間篇』に分けられていますが、文字数は6000字前後で、400字詰めの原稿用紙15枚程度という驚きの少なさなのです。

後年、軍師や兵家、現代でも戦略家が、様々な加味された解釈や解説を行い、書物も多く出版されてきています。そういう意味でも体系化と構成が非常に優れていたのだと思います。
皆さんも、いくつかの書籍を読んでみては、いかがでしょう？

孫武の言葉でお別れしましょう。

〇兵は詭道なり
「戦争とは騙し合いである」という意味。

〇算多きは勝ち、算少なきは勝たず
「勝利の条件が多い方は勝利し、条件が少ない方は敗北する」という意味。

〇百戦百勝は善の善なる者に非ず
「百回戦って勝つのが最善ではなく、戦わずして勝つのが最善」という意味。

〇相手を知り己を知れば百戦して殆うからず
「敵と自分の実情を知っていれば、百回戦っても敗れない」という意味。

〇善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり
「戦上手は、勝ちやすい状況で勝つ」という意味。

〇戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ
「正攻法で対峙し、奇策を巡らせて勝つ」という意味。

〇人を致して人に致されず
「自分が主導権を取り、相手に振り回されない」という意味。

〇実を避けて虚を撃つ
「備えがある部分を避け、手薄な部分を攻撃する」という意味。

〇囲師には必ず闕く
「包囲した敵には逃げ道を残し、追い詰めすぎてはならない」という意味。

〇先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん
「敵が大切にしているものを奪えば、敵はこちらの言うことを聞く」という意味。

では！